issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 04 08
今井とその側近たちは、沈黙という最も堅牢な鎧を纏うことを選んだ。世論がどれほど沸騰しようと、ネットがどれほどの憶測で溢れかえろうと、彼らは一切の声明を出さず、ただ冷徹に事態を静観した。
結局のところ、決定的な証拠は何ひとつ存在しなかったのだ。
たしかに、「神変山の石門」は現実のものとして白日の下に晒された。人間がそれを潜り、巨大なクマへと姿を変える衝撃的な映像も、今や世界中の誰もが知る事実となった。
しかし、それが「今井たち=クマ人間である」という証明に、どうしてなるだろうか?
あのゲートが持つ不可思議な力は、あくまで双方向的なものだ。
人間がクマになるのであれば、クマもまた人間になる。
今井がテレビカメラの前で悠然とゲートを潜り、クマの姿になってみせたところで、
それは彼が「クマに変身した人間」であることを示すだけであり、
「元々クマだった」ことの証明には決してならない。
むしろ、彼はこう嘯くだろう。「ご覧の通り、私もこの門の超常的な力を浴びた1人に過ぎない。カルテット・マジコと同じような、“超人”になったのだ」と。
証拠がない以上、すべては状況証拠と憶測の域を出ない。そして、法治国家のシステムは、憶測だけでは動かない。今井は、その事実を誰よりも深く理解していた。
彼は沈黙することで、己を取り巻く疑惑の嵐が、
やがて人々の飽きと共に過ぎ去っていくのを、ただ静かに待つつもりだったのである。
彼にとって、時間は絶対的な味方のはずだった。
*
人気の絶えた廊下を、蒼褪めた非常灯の光が漂う。静寂を破るのは、遠慮がちに響く、1人分の靴音だけだ。篠熊総務大臣の執務室。その重厚な扉の前で、黒いスーツの男が息を殺す。緊張に、手にした書類の端が微かに震えた。
「……大臣、失礼します。ご相談したい案件が」
呼びかけは虚しく、答えはない。空調の唸りだけが、耳の奥で不気味に増幅される。男は戸惑い、今度は思い切り戸を叩いた。
「大臣?……入りますよ」
声は、重い扉の向こうへただただ吸い込まれる。彼は意を決し、扉を押し開けた。
「――!」
だが、空間はすでに主のぬくもりを失っていた。机の引き出しはすべて引き抜かれ、書類も公印も、そこにあるべきものは何ひとつない。
壁際の椅子は虚しく斜めを向き、棚には古びた資料が数冊、乱雑に放置されている。夜気をはらんだ街灯の青白い光がレース越しに差し込み、床の一角を淡く照らす。
開け放たれた窓から風が忍び込み、カーテンの裾を規則的に揺らしていた。
……そう、今井が盤石と信じた沈黙の城は、最も信頼していたはずの側近によって、内側から崩されたのである。恐怖は、時に忠誠を上回る。
総務大臣の篠熊、そして警察庁長官の蜂須賀に今井二十人その人ほどの胆力は備わっていなかった。
彼らは、日に日に狭まる世論と司法の包囲網に耐えきれず、己が保身のため、
ある夜、忽然と政治の表舞台から姿を消したのだ。
国家の重鎮たる2人の同時失踪――それは、事実上の「逃亡」であり、今井の計画に対する最も雄弁な「自白」だった。
彼らが遺した空席は、権力の真空を生んだだけではない。これまで鉄の意志で隠蔽されてきた秘密のダムに、決定的な亀裂を入れた。
後任たちがおそるおそる開いた金庫や、押収されたパソコンのデータからは、カルテット・マジコを陥れるために捏造された通信記録、彼女たちをテロリストに仕立て上げるための偽の証拠、そして今井の指示を裏付ける数々の文書が、堰を切ったように溢れ出したのだ。
真実は、今となっては誰の目にも明らかだった。
*
数日後、日本中が固唾を飲んで見守る中、神変山の封鎖は解かれた。厳重な警備体制の下、1台のヘリが、あの因縁の石門が佇む円形の広場へと静かに降り立つ。
そこから、4頭のクマが、ゆっくりと姿を現した。先頭を歩くのは、
ひときわ小柄なホッキョクグマ、さな。
その歩みには、もはや逃亡者の怯えはなく、ただ故郷へ帰る者のような、静かな満足だけが満ちていた。
無数のカメラとドローンが、その一挙手一投足を捉える。4頭は、報道陣のフラッシュを浴びながらも臆することなく、まっすぐに石門へと向かう。
そして、ためらうことなく、その揺らめく光の膜の中へと、1頭、また1頭と、その身を投じていった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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