issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 04 03
けれど、はちるの面差しには、少しの戸惑いも見えなかった。
日々の無邪気な戯れと変わらぬ自然体のまま、彼女はこの触れあいを、何の屈託もなく受け入れている。
わずかに唇を緩めて微笑しつつ、いつも通りの仕草で手を任せているのだ。
横顔の、その平穏な気配に、おせちは密かな慰めを見出していた。
急に胸裏を襲った途方もない切なさや、無意識のうちにこぼれてしまった分別ない提案へのわずかな悔い、あるいは心理の逃避場所として姉妹の手を使いたくなった衝動――そうした感情のすべてが、
はちるの目にはまるで映っていないことが、この瞬間だけは奇妙な加護のように思え、おせちの内面をそっと満たしていく。
はちるの、ある種の鈍感さ――人の入り組んだ心の機微に、ただ一様な善意で頷くその純朴さが、
自分の細やかな感情の揺れさえも、すべて風に流してしまう。
おせちは、彼女のそんなあり方にこの上なく助けられている自分を、確かに自覚していた。
部屋には、再び張りつめた空気が流れる。誰かがそっと息をついた気配が、わずかに部屋の温度を変えた。
やがて、おせちは顔を上げる。その目には、もはや迷いの色は残っていない。
「熊沢さん。会って間もないのに申し訳ないんですが、あなたの力、最大限お借りしてもいいですか?」
彼女の声音は落ち着いていたが、その奥底には揺るぎなき意志が宿っていた。
「ただ、約束します。――絶対に、勝ちます」
その真っ直ぐな眼差しに、熊沢は一瞬だけ返す言葉を探したが、やがて、深く刻まれた皺の奥で、その瞳を優しく細めた。
「いや……。わがままを聞いてもらったのはこっちの方だ。そのくらい惜しまないさ。そもそもこれは、俺らにとっても、いつかやらなきゃならない戦争だしな」
その言葉に、おせちは、はっきりとした頷きを返す。
「ありがとうございます。……あなたの他に、連絡を取れる“同志”は、何人くらいいますか?」
「ああ、それはそうだな……今でも繋がりのある、信頼できる者だけなら、全部で100人くらいか」
その数に、おせちはわずかに口元を上げる。彼女の頭の中では、すでに大胆不敵な反撃の構想が、
形を帯び始めていた。
「……彼らは、自分たちの存在が明らかになることを極度に恐れる、秘密主義の集団。そしてあのゲートは、彼らにとって不可侵の聖域であり、最大の弱点でもある。ゲートは動かすことができず、私たちは今、幸か不幸か、そのクマっていう、かなり“話題を呼びそうな”姿になってる……」
おせちは、まるで盤面に駒を並べるように、ひとつひとつの事実を確認していく。
「ここまで条件が揃えば、時間はかかっても突破口は作れる。……陰謀には、結局同じ手段で返すのが一番なんです。作戦の骨子はいたって簡単。今から説明します――」
その声は、夜の帳に、反撃の幕開けを宣言するかのように、澄みきって響いた。
*
結局、おせちが選んだのは、世論そのものを逆手に取る大胆な戦術だった。
――11日昼、全世界に開かれた動画共有サイト・ViewTubeに、1本の異様な映像が匿名で投稿された。
カメラが映すのは、どこまでも無機質な――塗りたての白い壁だけ。
物音ひとつなく、生活感も季節感も徹底的に排除されたその空間の中央に、厚手の上着に身を包み、目出し帽で顔を隠した男がただ座っている。照明は極端に落とされ、輪郭さえぼやけるほどだ。
低く機械的に加工された声が、スピーカー越しに響く――
「皆さん、こんにちは。私はかつて、熊沢広成と名乗って人の世に生きていた者です。今日私は、自らのすべてを危険に 晒し、ある真実を告発するためにここに来ました。巷で囁かれる“クマ人間”の噂……その真実と、その裏に隠された、さらに巨大な陰謀について包み隠さずお話しします。
何を隠そう、私こそがこの世に生を受けた最初のクマ人間です。そして、かつてはその小さな社会を束ねていた存在でもあります。
私たちが人の姿を得る力、それは北海道の奥深く、神変山に存在する古の石門からもたらさ れます。この門をくぐり、クマは人となり、人はクマへと姿を変えるのです。
しかし、同胞たちよ、聞いてください。現在の我々の社会を牛耳る者たち――カムイ・ディベロップメント社長・今井二十人、総務大臣・篠熊鮭次郎、そして警察庁長官・蜂須賀蜜助。
彼らは、我々と同じ同胞ではありません。
彼らの正体は、人間でも、熊でもない。――第3の存在、“ゴリラ人間”なのです。
私が指導者の地位を追い落とされたのは、この禁断の真実にたどり着いてしまったからに他なりません。先日、空縁市で起きた“エイペックス・レジェンド”を名乗る怪人と、ヒーローチーム“カルテット・マジコ”の戦いを記憶している方も多いでしょう。
あの戦いで見せつけられた圧倒的な力、あれこそが彼らゴリラ人間の力の片鱗であり、私たちクマ族を傀儡として、人類に戦争を仕掛けようとする、恐るべき計画の始まりでもあるのです。
同胞たちよ、目を覚ましてください。あなたたちは利用されている。今井たちの甘言に乗せられ、人間への憎悪を煽られ、彼らの野望の捨て駒にされようとしているのです。
私たちの戦うべき相手は、人間ではない。我々を欺き、支配しようとする、その邪悪な霊長類なのです。
そして人間の皆さんには、この告発が疑いようのない真実であることをお伝えするため、
動画の後半で、神変山の石門の、詳細な場所をお教えします。我こそはという方は、どうか、ご自身の目で真相を確かめてください。そして若い同胞のみなさん、偽りの指導者たちの陰謀に、どうか与しないでください――」
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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