表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルテット・マジコ  作者: piku2dgod
Issue#03 I I I I Dreamed A Dream

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

207/291

issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 21

「――ヤバい!」

アシュリーが、獣の喉で絞り出すように叫んだ。


「逃げよ!」

さなの一声が、すべての引き金となる。4人は一斉に身を翻し、最後の希望である森の暗がりへと、死に物狂いで駆け出した。


その背後で、今井の、天地を割るかのような咆哮が炸裂する。


それは、欺かれた王の怒り。解き放たれた何万もの獣の衝動。地鳴りのような足音が、怒りと混乱の奔流となって、たった4頭の獲物を飲み込まんと、一気に坂を駆けあがる。


……それは、自然界の狩猟ではけして味わえぬ、統制された殺意だった。山の生態系そのものが、牙を剥くひとつの巨大な軍隊へと変貌し、彼女たちを呑み込まんと迫る。


「こっち!」

最も鋭い本能を宿すはちるが、白銀の粉を蹴散らしながら進路を切り開く。

傾斜を、爪でしっかりと捉えつつ、木立の間を影のように滑走する。


踏みしめる大地は柔らかく不快に沈み、呼吸は白く、

全身の感覚が極限まで研ぎ澄まされていた――だが、背後の追撃は、

そんな野生の速度さえ嘲るように迫ってくる。


この山は、クマたちの王国だった。地形も、風の流れも、氷の帳の厚みすら、すべてが彼らの味方となる。頭上の樹氷が大きく揺れたかと思うと、追いついた集団が白い粉末を舞い散らせて斜め上の坂を先回る。岩陰からも、別の一団が爪を鳴らしつつ跳躍し、行く手に次々と群がっていく。


寄せ続ける波のように、彼らは目標に殺到していく。

突出した1頭が後ろ足に蹴り飛ばされても、次の巨体がすかさず駆け上がり、乱れた隊列を綻びなく埋めていく。


毛並みを逆立てた群れは、立体的な津波となって山の起伏に際限なく沿い続け、土壌を揺るがし、唸りを上げる大地とともに、退路を探す者たちの背を、絶え間なく脅かし続けた――。


「クソっ、包囲された!」

アシュリーが低く唸り、白銀の層を蹴って飛びかかる黒い大熊に渾身の一撃を叩き込む。しかし分厚い皮下の層が衝撃を吸収し、せいぜい毛並みをわずかに波立たせるだけ。黒熊は数m転がされてもすぐに体勢を戻し、さらに鋭い眼光で再び襲いかかる。


おせちも、さなも、不慣れな体で必死に抗うが、黒々とした波のせり出した部分が、次第に、並走と包囲の形を作り始める。

その中で何度も繰り返される爪撃が、分厚い毛皮の隙間をかすめ、牙が体表を抉り、四肢には鈍い痛みが積み重なっていく。

桁違いの戦力差に、正面から立ち向かう術など残されていなかった。


「――下だ!川へ跳べ!」

崖縁に追い詰められた瞬間、アシュリーが叫ぶ。雪解け水が白く泡立つ荒れた流れが、銀色の帯となって激しくうねる。その先にしか、進む道はなかった。

4人はためらいもなく、闇が吹き溜まる谷底へと身を投じた。


ザブウゥゥン――!!


骨まで凍てつくような激流が、全身を打ち据える。抗う術もなく岩に叩きつけられ、荒れ狂う水に揉まれながら、彼女たちは、ただ必死で岸を目指した。


ついに、苔むした河原にその身を打ち付けられた時、全員が息も絶え絶えに、

泥と血に塗れた体を寄せ合った。


だが、安息の時は、一瞬たりとも与えられなかった。


川向こうの白い原野。その中央に、月光を背にした今井の巨体が、王者のように立ちふさがる。そして、その背後の森の暗がりから、ひとつ、またひとつと、無数の光る瞳が、

まるで呪いのように浮かび上がる。逃げ場は、もうどこにもなかった。


今井が、勝利を確信した、獰猛な咆哮を上げる。その巨体が、飛沫を上げてこちらへ突進しようとした――その刹那。


岩陰の闇が、何の前触れもなく、閃光と轟音に満たされた。


松脂と硫黄の、古風で強烈な匂い。網膜を焼き切るほどの閃光と、鼓膜をつんざく爆音。それは、原始的でありながら、この場の全ての獣の五感を、根こそぎ麻痺させるには十分すぎる一撃だった。


「――こっちだ、早く!」


混乱の只中、洞窟の闇から現れた人影が、低い声で手招きを送る。誰なのか、何者なのか、考える余裕はない。ただ、そこだけが唯一の活路だった。4人は、最後の力を振り絞り、

その1条の光が差す闇へと、転がり込むように滑り込んだ。


洞窟内を、まともに呼吸する間もなく駆け抜ける。振り返れば、さっきまで背後に轟いていた咆哮も、

雪に吸われるように遠ざかり、岩の奥で微かに反響するだけになった。


やがて、逃避行の果てに、思いがけぬ空間が現れる。

男が素早く入り口に巨岩を押し付けると、外の喧騒は遮断され、内側には水底のような静けさが訪れる。狭い空洞の中央、カンテラの灯火が頼りなく揺れた。


光の輪郭に浮かび上がるのは、人の営みが染み付いた生活の痕跡。

積まれた薪、煤けた鍋、手あかの残る毛布。空気には、湿った土と焚き火の名残りが混じり合っている。


アシュリーが荒い息を押し殺し、震える声を絞り出す。


「……はぁ……はぁ……助かった。……あんた、一体、何者だ?」


男は、ゆっくりと顔を上げた。カンテラの光が、その顔に深い陰影を落とす。北の厳しい風雪が刻み込んだであろう深い皺。霜が降りたように白くなった無精髭。


その奥にあるのは、痩せてはいるが、骨格の確かさを感じさせる精悍な顔立ちだった。


だが、何よりも印象的だったのは、その瞳だ。


どこか遠い過去を見つめているかのような、静かな眼差し。しかし、その奥には、人間とは明らかに異なる、光の加減でも大きさの変わらない、黒曜石のような瞳孔が鎮座していた。


「熊沢――」


彼は、一旦そこで言葉を切った。そして、まるで長年背負い続けた重荷を、ようやく下ろすかのように、慎重に、しかしはっきりと続けた。


「――いや、この地に生まれた、最初の“クマ人間”だ」


高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。


https://x.com/piku2dgod


本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ