issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 20
おせちの内省の間にも、今井の号令が轟く。
盆地の底から、怒号とも歓声ともつかぬ声が何重にも折り重なって響きわたる。
それは本能を突き動かす叫び――ふたつの種族が、決して交わることのない運命に向かって突き進む、戦慄の咆哮だった。
熱狂のただなか、今井がゆっくりと別の方に顔を向ける。
「他に意見のある者はいるか。――敗北主義の論調でなければ、ひとまず受け止めよう。どうだ、そこの若い連中。……構わん、前に出て、考えを述べてみろ」
今井の指が、はっきりとカルテット・マジコの4人が潜む一角を示し、大げさに顎をしゃくった。その仕草は、重々しく、そして絶対的だった。
盆地全体に、波のようなざわめきと、新たな雄叫びがわき上がる。燃えさかる焚き火が、毛皮の群れの隙間に不規則な影を落とし、数万の瞳から放たれる、剥き出しの敵意と好奇心の熱波が、全身の皮膚をひりつかせた。
「……よかった!まだバレてなさそ……」
はちるが能天気に破顔して、希望的観測を口にする。
「ネタバレ:バレてる」
アシュリーが平然と現実を指摘する。
「うん、バレてると思う……」
さなも神妙な面持ちで呟いた。
「バレてるね!」
おせちは、すでに腹をくくった声で断言した。
4人は観念し、注がれる視線の圧力に押し出されるようにして、熊の群れの中央――窪地の壇上へと、4つ足のまま、ゆっくりと進み出る。
巨大な熊たちの力強い視線が上方から、そして一方的に突き刺さるなか、今井が言う。
「――さあ、言ってみろ」
1拍の沈黙。全ての音が死んだかのような、その重圧の中で、おせちは、ふっと口角を上げた。
「あ~……えっと。今すぐ悔い改めるなら、わたしたち、何も言わずに帰ってあげるけど?」
そのどこか投げやりで、それでいて挑発を秘めた言葉が、場の均衡を破る。
次の瞬間、盆地のクマたちのあいだに地殻変動のようなざわめきが起こる。嘲り、怒号、どよめき――
感情が混ざりあい、森の底に新たな波動を生む。
「ああ……“カルテット・マジコ”よ、ようこそ、俺たちの聖地に。その姿の方が、いっそ愛嬌があって好ましいな」
今井が、心底面白げに嗤う。その声は、彼らの聖地に、支配者のそれとして低く響き渡った。
「うるさい!この毛皮は借り物だ!今すぐお前を、笑ったり泣いたりできないくらい丸焼きにしてやるからな!」
アシュリーが、怒りに燃えた声を発し、
「……マンゴー入りクマカレー!」
隣でさなが、どこかズレているが、しかし彼女なりの罵倒を飛ばした。
瞬間、アシュリーは手元に意志を込める。だが――いきり立って前傾姿勢になった彼女の前足に滾ったのは、せいぜい家庭用コンロほどの、あまりに頼りない炎だけだった。
その小さな火の花は、彼女の肘に届くこともなく雲散し、かつて天を焦がしたはずの、あ
の圧倒的な紅蓮の力は、どこにも生まれなかった。
「な……なんだ……!?」
その、あまりにも情けない結果に、アシュリー自身が愕然とする。
「……ウチも、全然、力が出ない……!」
おせちもはちるも、信じられないとばかりに力の感覚を探り続ける。
だが、この身体では、どんな“力”も発揮できない。その絶望が、とたんに心の奥を冷やしていく。
「……おっ、どうしたァ!?世界を救ったという力は、そんなもんか」
今井は、獲物をいたぶる捕食者の目で彼女たちを見下ろし、岩場をゆっくりと下り始める。それに呼応するように、何万もの熊たちがぞろぞろと立ち上がり、包囲の輪を、1歩、また1歩と縮めてくる。
全方位から押し寄せる毛皮と体躯の圧迫感は、それだけで人を窒息させるほどだった。
――もはやこれまでか。誰もがそう思った、その刹那。
おせちが動いた。彼女は服のポケットからスマートフォンを取り出し、毅然とした声で言い放つ。
「それ以上近づけば、これを押す」
その声が不思議な威圧感を生み、今井の歩みを止めた。
「……なんだ、それは?」
今井が、疑い深げに目を細める。
「君たちが通ってきた“門”に爆弾を仕掛けておいたんだ。これを押せば、私たち4人の命と引き換えに、
君たちは明日からその姿のまま会社に通う羽目になる……だよね?」
おせちの瞳には一切の怯みも揺らぎもなかった。その凛とした虚勢に、熊たちの間に動揺が走る。今井もまた、苦々しい表情を浮かべながら、次の1歩を踏み出せずにいた。
「……後ろへ。道を開けて」
おせちの指示に従い、渋々ながらも群衆はじりじりと後ずさる。その間を、4頭は慎重に進む。
長い石段を上る間、肌を焼くような敵意を全身に浴び、心臓が耳のすぐ奥で警鐘のように打ち鳴らされるのを感じていた。
あと数m。森の闇にさえ逃げ込めば――そう、誰もが信じかけた、その瞬間。
「――親方!申し訳ありません、遅れました!」
1頭の熊が、息せき切って白い針葉樹の間から現れた。その言葉に、今井の目が、ぎらりと光る。
「お前、今、門を通ってきたな?何か異変や爆弾らしきものは見たか?」
「いえ、特に何も……爆弾のようなものも、ありませんでしたが……?」
あまりにも無邪気で、誠実なその返答。一瞬、時が止まったかのような静けさが、盆地を支配した。
おせちの顔から、すうっと血の気が引いていく。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




