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カルテット・マジコ  作者: piku2dgod
Issue#03 I I I I Dreamed A Dream

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issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 13

狭いキッチンは、その夜だけの不思議な舞台となった。男は壁際に寄りかかり、内心の不信と期待を交錯させながら、はちるの一挙手一投足を見守っている。

主役はほかでもない、はちるだ。彼女は計量器具など使わない。棚の蜂蜜や醤油を、鼻先でクンとひと嗅ぎするだけ。


「うん、これだね。この黒くてドロッとした蜂蜜だった。でも、このお醤油は違う。もっと、海の匂いがした……」

彼女の感覚は、失われたレシピの輪郭を、一片の誤差もなく呼び起こしていく。


「わかった、すぐ持ってくるからな!」

アシュリーがベランダの敷居を蹴り、火の玉となって飛び出す。


それと時を同じくして、

「さなは火の番!とろ火で、絶対焦がさないで!」

おせちは指示を飛ばしながら出入り口に向かう。さなは頷き、コンロの火にそっと手をかざす。彼女のサイキックが、寸胴鍋の温度を完璧に制御していく。


やがて、必要な食材を手にふたりが戻ってくる。

「これと……あと、湿った山の土の匂い。雨のあとの苔と、深い森の……」

はちるは鍋をかき混ぜながら、記憶の底から、ただひとつの“香り”の正体を手繰り寄せていく。それは人間の舌では届かない、獣の感覚だけが知る世界だった。


やがて、台所にあの独特の匂いが立ちこめる。獣性と化調の甘さが混ざり合うそれは、おせちやアシュリーには不快な記憶を呼び覚ますが、男の表情は、香りを吸うたびに和らいでいく。

怒りは消え、郷愁と静かな感傷が、その瞳にゆっくりと広がっていく。


……ついに、1杯のラーメンが差し出された。見た目も、漂う香りも、まさに失われた『麺屋 穴もたず』の「はちみつラーメン」そのものだ。


男は震える指でレンゲを手に取り、ひと口、そっとスープを含んだ。


――その瞬間、瞳から1筋の涙が溢れた。

それは、単なる料理ではなかった。遥かな故郷。若き日の面影。友と語り合った夜――過去の記憶までもが、この1椀に封じ込められていた。

男は声を堪えて泣きながら、夢中で麺を啜り、丼を空にした。


長く、重い間が、台所を満たした。


そして顔を上げた男は、すべてを手放した人の穏やかさで、深々と頭を下げる。


「……警察には、言わん。弁償もしなくていい……その代わり、また……これ、作ってくれるか?」


少女たちは顔を見合わせ、ようやく安堵の色を浮かべる。こうして、カルテット・マジコにとって最初の、奇妙でどこかほろ苦い「贖罪劇」は、ひっそりと幕を下ろしたのだった。


*


空になった丼を前に、男は、ふっと夢から醒めたように深く息をついた。

その目にはもう、怒りの影はない。あるのは、遠い日を懐かしむような郷愁と、1杯の幸福感だけだった。


「あの……おじさん」

後片付けを装いながら、おせちがそっと切り出す。

「もしよかったら、あの『穴もたず』のスタッフや他のお客さんについて、何か覚えてることがあれば教えてほしいんですけど」


「……う~ん」


男は天井を仰ぎ、記憶の底を手繰るように語り始める。


「店主なら……そうだな。話せるよ。あの人は無口で、職人肌って感じの男だったな。ラーメンを出す時以外、ほとんど喋らなかった。……ああ、でも、いっぺんだけ、

ぽつりと身の上話をしてくれたことがあったな」


男の眼差しが、ふと遠くなる。

「俺が『この味は懐かしい。まるで故郷に帰ったみたいだ』って言った時だ。そしたら(やっこ)さん、珍しく顔をほころばせて、自分の故郷も北海道の山奥なんだと教えてくれた。


雪解け水の匂いや、ヒグマが闊歩する森の静けさ、産卵のために川を遡上するシャケの力強さ…

……。ノスタルジーっていうかな、本当に、幸せそうに思い出に浸ってるみたいだった」


そこで、男は「けどな」と声を止めた。

「こっちを向いたとき、あの人、なんでかな、ハッとした顔をしたんだよ。

俺が着てた、この古い猟友会のワッペンに気付いたからだったように見えた。俺の目にはな。

ほんのちょっとだけだったが、まるで『しまった』とでも言うような、そんな顔をしたように見えたんだ」


少女たちの間に、緊張が走る。


おせちは、点在していた手がかりがさらに結びつきを強くしていくのを感じていた。

人間にとっては不味い、獣のためのラーメン。猟師であるハヤカワ家への執拗な嫌がらせ。

そして、同じく元猟師であるこの男の前で、思わず「故郷」の話をしてしまい、我に返る店主。


「……その山の名前、覚えていますか?」


おせちの低い問いに、男は何でもないようにその地名を告げた……。


そして男は、空になった丼を愛おしそうに撫でながら、深々と頭を下げる。

「本当に、すまなかった。そして……ありがとう。もう2度と食えないと思っていたんだ」

その声は、長年胸に引っかかっていた棘がすっと抜けたように、どこまでも晴れやかだった。


(……待てよこのおっさん、冷静に考えたら、なんでたかが1、2週間に食ったばっかのラーメンを、何10年も前から知ってる味みたいに語ってんだ?)

アシュリーだけは、「いい話」になりかける空気の片隅で、醒めた目つきのまま場を見つめていた。


「ううん、こちらこそ、本当にご迷惑おかけしました」

おせちは心からの謝意を込めて、もう一度深く頭を下げる。顔を上げると、ふっと悪戯めいた笑みを浮かべた。


「そうだ。おじいちゃんのお店の方、今度、裏メニューではちみつラーメンを出すように言っときますね。おじさんの『専用』ってことで」

思いがけない提案に、男は一瞬きょとんとし、やがて破顔した。


「それから、ザンギも置くよう頼んでみるよ。北海道の味が、ここに根付けばいいな。それがきっと、お店の繁盛にもつながるはずだから」

おせちの言葉に、男は何度も頷き、ついには涙ぐんだ瞳でおせちの手をとった。


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https://x.com/piku2dgod


本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740

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