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カルテット・マジコ  作者: piku2dgod
Issue#03 I I I I Dreamed A Dream

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issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 10

「そのお約束はできません。……それは、あまりに危険なことですから」


やわらかな拒絶。そのひと言で、老いた狩人の眼差しに最後の炎がほのかに揺れ、やがて儚く消えていくのを、おせちは見届けた。

ハヤカワの肩が、ふっと重みを失い、力なく垂れ下がる。


「……まあ、そうか」


彼の声からは、先ほどまでのぎらつきはもう感じられず、かわって、現実へと呼び戻された者だけが持つ独特の諦観がにじみ出る。

自嘲気味の微笑みを浮かべながら、カウンターの染みへと視線を落とした。


「たしかに、そうしたことはヒーローにお任せするべきですわな。……いやぁ、いかんです。

どうもこの街へ来てから、気持ちの置き場が見つからん。都会というのは本当に落ち着かんもんだ。

わしみたいな年寄りが骨を埋める土地じゃない。……結局、婆さんと過ごしたあの北の大地が、1番しっくり来るんじゃろうなあ――」


彼のぼやきは、ラーメン屋の油っ気混じりの空気をすっと洗い流し、遠く離れた北国の風を、この場へ運んでくるかのようだった。


「――今でもときどき夢に見るんです。雪解けの水が大地にしみ込む匂い、梢を揺らす風の音だけが耳を打つ森の気配……。憎んでいたはずの、あの日のヒグマの姿でさえ、今はどこか懐かしい。……もう1度だけ、帰れんものかな」


その呟きは、立ちのぼる湯気に紛れ、やがて消え去った。

おせちは、湯気越しに遠い目をしたその背中に、ヒーローの力では決して癒すことのできない、深い傷の所在を見た気がした。


*


……しかし、いくら日が巡っても、彼女たちが警戒していたライバル店からの“直接攻撃”は、現実のこととはならなかった。


1日、また1日。ハヤカワのラーメン屋とその周辺は、肩透かしを食うほど何事もなく、淡々とした日常に包まれ続けた。それだけに、奇襲よりもよほど異様な空白が、じわりと空気を侵食していく。


何日か経つうち、あまりに変化のない状況に業を煮やしたアシュリーとおせちが再度店の前まで足を運ぶと、かの『麺屋 穴もたず』は、その日を境に跡形もなく消え去っていた。


つい昨日まで鮮やかだった暖簾は外され、ガラス窓の奥には、朝の光が差し込むばかりの無人の空間が広がっている。


店内のあの無機質な清潔さすら今は霞み、そこに残るのは、ただがらんどうな薄暗がりだけだった。


「昨日まで、そんな閉店の予告のポスターとかあったか?」

「いや、見かけなかったはずだよ……」


おせちは、無意識のうちにアシュリーの両肩へ腕を預け、自然とその肩に顎を乗せる。

並んだ2人の背格好はほとんど同じで、まるで、ミーアキャットのきょうだいが巣穴の入り口から

同じ遠景をじっと見据えているかのような仕草になった。


この唐突とも言える距離感も、アシュリーにとっては日常の一場面にすぎないのだろう。

彼女は慣れた手つきスマートフォンを取り出し、「……ちょっと調べるわ」と軽く呟いて、片手で検索を始めた。


「!」


直後、2人の間に妙な緊張が走った。


『穴持たず』という店は、ホームページも、SNSも――まるで最初から存在しなかったかのように、

ネット上からさえ、その痕跡がことごとく消し去られていたのだ。


*


その夜、吉濱家のちゃぶ台を囲んで、

おせちは淡々と、調査の結果と自身の推理を皆に伝えた。


「――彼らは逃げた。正面から戦うことすらせずに」

言葉の積み重なるごとに、場の空気がわずかに揺らぐ。誰もが無言のまま、おせちの次の言葉を注視していた。


「……この1件で、敵の輪郭はだいぶ明らかになったはず」

おせちはそう続け、ちゃぶ台を囲む仲間たちをひとりひとり見つめ直す。


「相手は――人間じゃない『クマ』の一党。その目的は、長年クマ狩りを生業としてきたハヤカワ家への報復、もしくは牽制。いろんな手段で執拗な嫌がらせを繰り返してきた。でも――」


言葉を切り、すべての視線が彼女に集まるのを待つ。


「――何より大事なのは、カルテット・マジコの動きを察知するやいなや、彼らが一切の未練を残さず撤収したっていう事実。つまり私たちの存在を、相当に警戒している。……それだけ、正体や目的を知られることを恐れている集団なんだよ」


*


『麺屋 穴もたず』が姿を消してから、いく晩かが過ぎた。


夜、通りを挟んで向かい合うふたつの店舗。そのあいだに横たわる舗道には、光と影、生と死を分ける境界線そのもののような趣きがある。


片や、ハヤカワの店からは、命そのものの営みを思わせる温かな照明と、香ばしい醤油の匂い、さらには人々の弾むような談笑が溢れてくる。

対照的に、『穴もたず』が入っていた雑居ビルの1階には、光さえ届かず、あらゆる音や気配が吸い込まれていくような虚ろな闇が広がるばかりだ。


その闇のすぐ脇、アシュリーとおせちは、寒さに肩を寄せながら、白い息を吐いて立っていた。


「……監視しようにも、敵は思ったより周到だね。あの店の常連客を追えば、何かわかると思ってたけど……この調子じゃ、その人たちも、もうこの街にはいないのかもしれない」

おせちが、空っぽの店舗が宿す底なしの虚無を見やりながら、わずかな諦めを漏らす。


「なら、片っ端から当たるしかないか。

不動産屋とか、引っ越し業者とか……この界隈で夜逃げ同然に消えたヤツがいないか、地道に探ってみるしかないな」

アシュリーは、苛立ちを隠しもせず、雑居ビルの低い外壁に目を向ける。


高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。


https://x.com/piku2dgod


本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658

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