issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 09
作戦は、まず地盤を固めることから始まった。
カルテット・マジコの3人が、シノの祖父――ハヤカワの店で、それぞれ真新しいエプロンの紐をきりりと結ぶ。「期間限定コラボ」の看板のもと、厨房を預かるのはイムノだ。その驚異的な記憶力と手際によって、どれほど注文が殺到しようとも、茹で加減ひとつ乱すことなく麺を仕上げていく。
ホットショットは、つっけんどんで皮肉の多い、いつも通りの調子で客を捌き、
ミーティスは、見えない力で配膳と片付けを滞りなくこなしていた。
この噂は瞬く間に街を駆け抜け、次の日になると、開店前から店先には、名の知れた有名店でもそうそう見られぬほどの長蛇の列が生まれているようになった。
その盛況の一方で――
「はちるちゃんはいないの?モフモフしてみたかったのに!」
「ごめんなさい、この間の戦いの後遺症があって。今は大事を取ってるんだよね」
「そうなんだぁ~。……あの、お大事にって言っといてください」
「ありがとう、伝えとくよ」
推しうちわやアクスタを手にし、ハチマキと法被で身を固めた熱心なファンたち。
彼女たちとおせちのやり取りは、はちるがあえて作戦の“表舞台”から外されている現実を、象徴的に浮かび上がらせていた。
『……ウチは、招き猫ポジでいいかな!?』
『はちるは今回はお休み。カルテット・マジコのコラボでお客さんが来てるのに、いきなり新メンバーが出てきてもみんな困るでしょ?』
『エッ!?』
おせちにとって、それは本当に取るに足らない判断だった。しかしこの地味な采配こそが――後にはちるを、唯一無二の切り札へと育て上げることになるのだ。もちろん、この時点で未来を見通せる者など、いるはずもなかったのだが。
*
また、この頃の時系列の中には、こんな場面がある。
それは、ある日の昼下がりのことだった。客足が途切れ、油と出汁が入り混じった香りが、店内に淡く漂う。午後の気怠い光がカウンターを斜めに照らし、遠くで踏切の警報音がのどかに響いていた。
カウンターの奥では、ハヤカワが黙々と寸胴の灰汁をすくい続けていた。その深く刻まれた指先は、彼の歩んできた年月を静かに物語っている。もとは猟銃を握っていたはずの手だ、とおせちは思いながら、意を決してその背中に声をかけた。
「クマ人間なぁ、シノが……言うておったんですか。なにか、証拠のようなものがあったりしましたか?」
おせちの問いに、彼は手を止めずに答える。
「正直、確証はありません。最近の嫌がらせ――業務用の製麺機を置かれた件なども、まだ推測の域を出ません。けど、このコラボの本当の狙いは、相手の動きを警戒して現場を押さえることなんです。
正直、おじいさんにありのままをお伝えするのは迷いました。もし本当なら、深入りするほど危険な話になりますから……。でも、いま現に被害を受けている方に黙っているのも、不誠実だと思いまして。遅ればせながら、お話しさせてもらいました」
その言葉に、ハヤカワは「ふん」と鼻を鳴らし、再び寸胴へと向き直った。
「……なるほどなぁ。そんなら……ああ、そりゃ今に始まったことじゃないさ。連中には、ずっとやられてきた」
「えっ?」
「――思えば、あのIMA20を仕留め損ねてから、おかしなことばかりだった。例えば、山に設置した箱罠です。一見すると何ともないが、獲物が中に入って仕掛けに触れても、入り口の扉を落とすための留め具が外れないように、ごく僅かに歪めてある。これじゃあ、中の餌をただ食いされるだけだ。
ほかには、わしが目をつけてた獣道に、わざとキツい薬品の匂いをこすりつけて、獣が寄り付かんようにしてあったりな。身内がやるはずはねえ。そんなこと。だが、やることがいちいち、
猟師を的確に困らせることばかりだったんだ……」
「――だから、当時は愛護団体の中でも、特に事情に詳しい連中の仕業だとばかり思っとった。それにしたって山のことを知りすぎてはおると感じとったが。だが、今にしてみれば、たしかに妙なこともあった」
ハヤカワはカウンターの濡れ布巾で、染みのついた指先を丁寧に拭う。
「ある晩、家の裏で大きな物音がしましてな。こっそり覗いてみたら、見たこともない大男が、
わしの軽トラのドアを、無理やり開いて、素手で、いとも簡単に捻じ曲げていた。あれは、人間の力じゃねえ。あの時の光景は、今でも目に焼き付いて離れん」
ハヤカワは、いちど言葉を切ると、再び寸胴の湯気に視線を戻した。おせちは、その横顔に、ただの店主ではない、老いた狩人の研ぎ澄まされた眼差しが宿るのを感じ取った。鬱屈した怒りの熾火が、奥底からじわりと赤みを増していくのだ。
「……もし、奴らが本気で人間社会に牙を剥くつもりなら、わしも黙って見ている気はありません。
この老いぼれの腕でも、まだやれることは残っとるはずだ。……ああ、そうじゃ」
彼は覚悟を決めるように、おせちへと真っ直ぐ視線を投げた。
立ちのぼる湯気の幕越しに揺れる瞳は、いまこの瞬間だけ、過去の影を振り払って、目の前の少女を見据えている。
「もし機会があるなら、わしにも手伝わせてくれませんか。あの時の決着を、この手で付けたいんです」
その声には、猟師として歩んできた人生の矜持が凝縮されていた。
おせちは、その覚悟を正面から受け止めたがゆえに、否応なく非情な宣告を下さねばならなかった。
穏やかながら、ひとつの決意を湛えた声で。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




