issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 08
「……」
アシュリーははちるの身体を背もたれ代わりにしながら、その言葉にしばし思考を巡らせる。
脳裏に浮かぶのは数日前に味わった“本物のラーメン屋”の記憶――
黄金の鶏油がきらめく澄んだ醤油スープ、噛み締めるほどに小麦の歓びが広がる麺。その1杯がもたらした温かい幸福感。遠い目で、ゆっくりと頷いた。
「……ああ。シノの爺ちゃんのは、ちゃんと『飯』の味がしたからな」
ベッドの上でトドのように伸びきるおせちは、それでも瞳だけは鋭い光を宿し、分析を続ける。
「だから、おじいちゃんのお店がお客さんで溢れかえらないことには、いくらでもっともな理由がつけられる。問題はそこじゃない。……矛盾してるんだよ。あのマズい店に、一方的にお客さんを奪われる理由が、どうしても、論理的に説明できない」
『マズい店』――。ついに本音が隠しきれなくなったその一言に、アシュリーの重みで圧迫されたはちるが「うにゃっ」と情けない悲鳴を上げて身をよじり、そのまま勢いで会話に割り込む。
「待って、それって嫌がらせの証拠とかとは、全然関係ない話になってきてない?ウチらはラーメンコンサルタントじゃないんだよ?」
その声には、早く本題に戻ってほしいという、切実な響きがあった。
そうした言葉の応酬が、部屋の空気にわずかな動きをもたらす。その隙間を縫うように、これまで黙って皆のやり取りを聞いていたさなが、ぽつりと呟いた。彼女は部屋の隅、膝を抱えた姿勢で、薄暗い天井の方をじっと見つめている。
「ね……」その声は、ささやきに近かった。
「もしかしたら、そのラーメン……私たちみたいな『普通の人』じゃなくて、何か、特定のお客さんだけに向けた味なんじゃないかな?」
その直感めいたひと言に、会話の風向きが変わった。
おせち、アシュリー、はちる、そして尊までが、一斉に視線をさなへ向けた。
おせちは、脳天を殴られたような衝撃に、はっと息を呑んだ。
――特定のお客さん。
その言葉が、今まで点在していた情報――魂のないラーメン、異様なまでに満ち足りた常連客
そして、シノが語った『クマ人間』の都市伝説――を1本の糸で貫いた。
おせちは大きく頷くと、決意を秘めた眼差しで言った。
「……そっか!だとしたら、確かめる方法はひとつしかないね」
その声と同時に、部屋の視線がゆっくりと――ちょうどアシュリーの重みから解放されつつあったはちるに集中する。
きょとんとした顔で畳の上に身を起こす、元獣人の少女へと。
*
翌日、吉濱家に「穴もたず」からの出前が届いた。
さなが応対に出て、ほどなく部屋のちゃぶ台には、とんこつ醤油の重たい香りをまとった丼が3つ、まるで実験器具のように並べられた。
さな、尊、はちるの3人は、好奇の入り混じった目でレンゲを手に取る。
ベッドで事の成り行きを見守るおせちは、これから始まる惨事を予感して顔を覆い、部屋の隅で壁に背を預け、体育座りになっていたアシュリーも、おそらくはさぞ痛ましいものになろう1秒後の未来を想って、それとなく顔をそむける。
スープを、ひと口。
――その瞬間。
「――!!」
尊とさなには、言葉にできないノイズだけが駆け抜ける。
だが、はちるは違った。
彼女の脳裏には、味と香りの多層的な設計図が、満天の星座のように一気に広がったのだ。
人間の舌では到底分解できない、重層的な風味のレイヤー。そのすべてを、元獣人の鋭敏な感覚が、見事に解き明かしていく。
ハチミツの濃厚な甘さの奥に、熟れたハスカップの芳醇な酸味、冬眠前の土の湿り気、根曲がり竹の青い香り、そして産卵期の川鮭を的確に再現した脂の、動物的な滋味――
それは、獣にとって忘れかけていた故郷の記憶。魂が躍動する、彼らだけのご馳走だった。
カシャン!と、はちるの手からレンゲが滑り落ち、丼の縁に当たって音を立てた。彼女は驚愕に目を見開いたまま、目の前の丼と、全員の渋い顔を交互に見る。そして、声にならない声で叫んだ。
「……!この匂い、はちみつだけじゃない。これ、ぜんぶクマさんの大好物だ!」
シノが語った荒唐無稽な噂。ネットの片隅で囁かれていた都市伝説。
すべてが今、この1杯のラーメンによって、はちるの中で、揺るぎない『真実』へと姿を変えたのだった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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