issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 06
……やがて、カタン、と硬質な音を立てて、2つの丼がカウンターに置かれた。
「餃チャーセットはもう少しお待ちくださいねー」
店主の呼びかけもどこか遠く聞こえ、立ち上る湯気には、例の獣臭と、化学的な甘さが絡みついている。
アシュリーは探るような目つきで、その完璧すぎる盛り付けを検分した。
宝石のように艶のある大判のチャーシュー、寸分違わず整えられた煮卵、そして絵の具で塗ったかのように緑の濃いネギ。すべてが食品サンプルのように整然とし過ぎていた。
「……おっちゃん、ごめん、聞き忘れた。これ、ちゃんと培養肉使ってる?ウチらちょっと”能力開発”に凝っててね、動物のさァ~、『残留思念』ってのはあんまり取りたくないんだよね」
それは彼女たちのような魔法使いにとって、味以上にまず確かめておかねばならない死活的な問いだった。
……2040年代の地球では、ほとんどすべての動物性食品が培養由来に置き換わっている。
それでも魔術の徒にとっては、その忌避は単なる倫理や流行の話にとどまらない。言うなればそれは、犯せば実害を伴う戒律なのだ。
ごくわずかであっても、動物の肉体に残る「思念」を取り込むことは、魔力の純度を損ないかねない禁忌となる。とくに彼女たちヒーローのような――人のために振るうその力には、ほんのわずかな曇りさえ許されない。
表面上はあくまで気軽いアシュリーの問いかけには、そんな、揺るがせにできない掟の存在がそこはかとなく見え隠れしていた。
「はい、当店はギルトフリーの食材だけを扱っています」
すると、店主はあくまで感情を表に出さず、流れるように答えた。その視線はアシュリーを一度も捉えず、湯気の向こうで淡々とレンゲを磨き続けている。
アシュリーは「ふぅん」と短く鼻を鳴らし、ひとまず納得の意を示す。乾いた音で割り箸を折り、ささくれをすり合わせると、親指に挟んだまま丼に軽く頭を下げた。
まずはスープをひと口。
(~~!!)
舌に触れた瞬間、思考を麻痺させるような暴力的な塩味と、脳に直接届くような化学的な旨味が爆発した。だが、それは奥行きのない、ただ味蕾の表面を殴りつけるだけの衝撃。
複雑さも、後を引く余韻もない。まるで、完璧な数式が弾
き出した「美味しいスープ」の答えそのものを、味覚というより痛覚で味わっているかのようだ。
続けて麺をすする。小麦のふくよかな香りは一切感じられず、代わりにシリコンチューブのような、やけに滑らかな喉ごしが神経をざらつかせる。
噛みしめても穀物らしい芳香は立ち上らず、ただ均質で、命を感じさせない塊が、無為にほどけて消えていく。「食べられる粘土」という言葉が、ふと脳裏をよぎった。
そして最後に、すべてを飲み込んだ舌の上に、蜂蜜の甘さだけがフィルムのように張り付いて、しつこく居残り続ける。
アシュリーは喉の奥に湧き上がる、かゆみにも似た不協和感を苦笑でごまかし、隣で様子をうかがうおせちに身を寄せて囁く。
「……ヤバいな、これ。食い物の『不気味の谷』だよ。ラーメンのカタチは完璧だけど、
中身はまったくの別モンだぞ。……ある意味、あのクソ強フューチャーゴリラより手ごわいかもな」
その身もふたもない言いように、おせちは黙ってレンゲを取った。、おせちは無言でレンゲを取り、琥珀色というよりも不自然な透明感のスープをすくう。口元へ運んで小さく眉をひそめ、静かに、だが確信を込めて頷いた。
「……うん。やっぱり、おじいちゃんのお店の方が、ずっと美味しいよ」
その一言は、アシュリーにとって決定的な“判決”となった。彼女は、自分が注文した大盛りの丼に視線を落とす。先ほどまでの好奇心は消え失せ、今やそれは、ただ踏破すべき苦行の山にしか見えなくなっていた。
湯気の向こうに映るのは、ラベルの向きまで揃えられた調味料の瓶たちと、一分の隙もないステンレスの調理台。生活の匂いも、年季の重みも一切排除された空間には、やはり、異様なまでの「偽物の感じ」がただよっている。
まさにその時だった。2人の間に張り詰めていた緊張を、野生的なまでの音が引き裂いた。カウンターの端に座っていた作業着姿の男だった。
ズゾゾゾッ、と、まるで掃除機が水を吸い込むような凄まじい音を立てて、男は麺を啜り上げる。その目は陶酔に閉じられ、額には汗が光り、丼を両手で掲げる様は、さながら聖杯でも呷るかのようだ。それは食事の音というより、純粋な、ほとんど暴力的なまでの快楽が発する音だった。
「いやぁ~美味い、今日も最高だった!」
丼に残ったスープを1滴残さず飲み干すと、男は頬を朱に染め、「ぷはぁ」と心の底から満足げな息をついた。上機嫌に席を立つと、1000円札を2枚、叩きつけるように会計カウンターへ置き、おつりの受け取りもやたら豪快に、そして、ばかに揚々とした背中で暖簾を押し開けていく。
夜の冷気に白い湯気を引き連れながらその姿が消えるまで、満ち足りた笑い声が、残響のように店内に漂っていた。
まるで、このカウンターを境に、異なる宇宙が隣り合っているような気がした。
向こう側の宇宙では、あのラーメンが至高のご馳走であり、男はその世界の住人なのだ。
彼は食事のためだけにこちらの現実へと次元をまたぎ、満ち足りて、また自分の宇宙へ帰っていった――
そんな荒唐無稽なSF小説のような感覚だけが、2人の胸にじっとりと残った。
男の残した熱気が消え去ると、店内にはインクを垂らした水のように、濃縮された静寂がじわりと広がった。泡が弾ける寸胴鍋の規則的な音だけが、この異様な空間の心臓の鼓動となって時を刻む。蛍光灯の光が、ふたりの少女が、礼儀としてなんとか半分ほどを胃に収めた丼の油の水面で、意味ありげに反射していた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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