issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 03 05
慌てたシノはスマートフォンを取り出し、画面をおせちへ差し出す。
「最近SNSで噂になってて……。親戚で、そういう都市伝説みたいな話題にすごく敏感な人も言ってたの。『近頃のクマの過剰な保護政策は、進化して人間に化けたクマが、裏で同族を庇っているからだ』って……」
おせちは、画面に映るいかにも根拠の薄いまとめサイトの記事をしばらく眺め、
ひとつ息を吐き、諭すように、しかし芯のある声で口を開いた。
「それは、いくらなんでもヨタ話だと思うけど……」
その言葉には、穏やかな優しさと同時に、
彼女なりの一線――“受け止めるべき現実”と“信じないで済む幻想”を分ける、はっきりとした区分が込められていた。
たしかに、おせちやシノの生きる世界には、超人や怪奇現象が日常の中に実在し、時に彼らに牙を剥く。
だが、だからこそ最前線に立つ者として、「現実」と「妄想」の境界は、決してあいまいにできない。
物理法則をねじ曲げる異能も、「そうである」と確信できるだけの実感が伴うものなら、きちんと受け入れる。だが、匿名のネット社会で不安を餌に生まれ、増殖する“陰謀論”は、
おせちにとっては守るべき現実の秩序とは相容れない、ただの幻に過ぎなかった。
「……でもお願い。1回でいいから、調べてほしいの」
それでも、必死に縋るようなシノの声を前に、おせちはついに小さく頷いた。
たとえ現実離れした話であっても、人の心からの訴えには、誠実に向き合うのがカルテット・マジコの流儀だからだ。
*
おせちの決意は、学校を出ても変わらなかった。
シノの涙を胸に残したまま、半ば呆れ顔で付き添うアシュリーを連れ、純粋な客を装って問題のラーメン屋の暖簾をくぐった。まずは敵を知ることから、と、店の看板メニューである「はちみつラーメン」を注文し、密かにその実態を探り始めるのだった……。
ラーメン屋「麺屋 穴もたず」。
糊の効いた暖簾を押し分けた瞬間、まるで意思を持つ壁のような湯気が、ぬるりと2人を迎えた。むせ返るような豚骨の獣臭さ。その奥に化学調味料の、いかにも喉の粘膜にまとわりつく、刺々しくも甘い香りが混じっている。
換気扇の低音は、単調なリズムで空間を支配する。その旋律の上で、寸胴がグツグツと粘り気のある飛沫を上げる音と、壁掛けテレビから流れるバラエティ番組の、やけに虚勢じみて陽気な音声が、互いに溶け合うことのない不協和音を奏でていた。
どの音も、ただそこにあるというだけで、奇妙に落ち着かない空間を作り出している。
平日の夜にしては、客入りも悪くない。カウンターには半分ほど人が並び、テーブル席にもいくつかのグループが腰かけている。
この盛況ぶりなら、裏で不正な手段など使わずとも経営は立ちゆくはず――だとすれば、なぜ?お
せちの胸に、釈然としない思いが沸き起こる。
壁には、真新しいポスターや、印刷されたばかりの短冊メニューが、店の歴史のなさを糊塗するかのように隙間なく貼られている。赤いビニール張りの椅子が、定規で引いたかのように整然と並ぶ様は、飲食店というより、どこか無機質な業務用のショールームを思わせた。
長年使い込まれた店特有の、床板や机に染み付いた粘りつくような油の感触――”生きたぬめり”は、ここにはない。すべてが、最近開業したその真新しさに満ちており、その清潔さこそが、かえって不気味な違和感を醸し出していた。
そんな中、アシュリーが通り道に立ち止まってまで目を丸くしたのは、メニューのどれもが、採算を度外視したかのような異様な安さをしていたためだ。
「……しょうゆ350円!?ほんとかよ?ごめんじいちゃん、毎日ここだわ」
本気とも冗談ともつかないその言い草に、おせちは内心、ため息をつかざるを得なかった。
餃子やチャーハンも、スーパーの冷凍食品とほとんど変わらない価格帯。
たしかにこれでは、近隣の同業者を淘汰するための、あからさまな意図が感じられても無理はない。
ビニール張りの丸椅子は、客を歓迎する気配などみじんもなく、初々しいほどの硬さで2人を迎えた。
カウンターに肘を乗せるなり、アシュリーの野性味あふれる美麗な眼差しは、自然と厨房の奥へと流れていく。
蛍光灯の冷たい光に照らされたステンレスの調理台は、極端なほどに無機質な輝きを放ち、
油の1滴も、水の筋ひとつも見当たらない。情熱の余韻も、日々の研鑽の痕跡も、そこにはまるで刻まれていなかった。
「……へえ、『はちみつラーメン』。これがここの看板?」
アシュリーは、ラミネート加工されたメニュー表の角をピンピンと爪先で弾きながら、
わざと挑発めいた口調で店主に声をかける。
湯切りをしていた店主は、顔を上げることなく、
まるで録音された音声の再生ボタンでも押したかのような、平坦な口調で返す。
「へぇ、左様で」
その感情の乗らない返答に、アシュリーは面白がるように口の端を上げる。
おせちは沈黙のまま、店主の無駄のない、だがどこか機械じみた手さばきに目を向けていた。
「じゃあそれ2つ。あと、餃子とチャーハンのセットも」
「セットはハーフサイズでよろしいですか?」
「いや」とアシュリーは即答し、にやりと笑って続ける。「両方、大盛りで」
「えっ?私はいらない、そんなに……」
おせちが慌てて制止しようとするが、アシュリーはカウンター越しに店主へ挑戦的な視線を向けたまま、その声を取り合わない。
高評価やブックマーク、本作のご紹介、Xのフォローなどで応援いただけますと幸いです。制作の大きな力になります。
https://x.com/piku2dgod
本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256




