issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 02 09
――意識の極北。
その深淵で、はちるはひとつの光景と出会う。
1条の光が、魂という名のプリズムへと吸い込まれ、その奥で――本来分かたれてはならぬ虹の色へと変貌し、無限の闇に向けて静かに拡散していく。
……ピンク・フロイドの『狂気』。そこに描かれた、終わりなき分裂と収斂の情景。
それは、存在そのものが解体され、再び生まれ変わるための、壮絶なる通過儀礼だった。
絶対的ではある。しかし、けして冷たくはない虚無の只中で、
彼女の人生は一旦すべて打ち砕かれ、多角的な寓意を宿した断片として再構成される。
それらの、象徴に満ちた断片は、言葉や理性を超えた奔放な流れとなり、魂の奥底を逆巻きながら、
新たな「自己」の夜明けを告げる音となって、果てしない内的宇宙を巡るのだった。
真っ白な空間を斜めに走っていく赤と青の二重螺旋。その周りに音もなく、追って色とりどりの花が咲き、時計の音を規則正しい鼓動にして、次なる光景がひとつずつ刻まれていく。
割れたティーカップ。
無貌の観測者。
王のいない玉座と、燃え盛る樹、そして深海のクラゲ。
繰り返される二重螺旋。
錆びたブランコ。
ヤシの葉に透かされ輝く、夕焼けの中の三日月。
事象の地平線。
みたび顔を出す二重螺旋。
出そうで出なかったあの時のくしゃみ。
残り2%のスマートフォンの充電。
昨日の晩ごはんのうどん。
そして、最後の二重螺旋。
幻像の潮流は、やがて寂として静まり返る。
縁起の糸はことごとく解かれ、切れ目から燐光のきらめきを放ちながら、再び精妙に紡ぎ直されてゆく。
あらゆる「執着」のよき話し相手となり、それらが溶け去るまで睦んだあとの澄んだ心に、
希望に満ちた、広漠たる透明の庭が満ちていく。
そこは、音も、光も、時さえもが還り着く、平らかなる極みの次元だった。
無限の地平から、宇宙の創生に等しい、抗いがたいひとつの意志が満ちてくる。
愛も憎しみも、喜びも悲しみも、その大いなる流れに溶け合い、残されるのは、ただひとつの純粋な指向性だけ。
ただ、前へ。
ただ、ひとつの点へ。
至純の力が、彼女の存在そのものを、ひと筋の、必滅の意志を秘めた光の矢へと練り直していく。
*
「どういうことだ……創世の光が止まらない!エネルギーが逆流し、すべて吸い込まれていく――!?」
エイペックスの絶叫が、驚愕と恐怖を孕んで空間を震わせる。
彼がスヌープキャットを閉じ込めていた光の檻。その中心で、注ぎ込まれていたはずの“創世の光”が、
今や凄まじい逆流となり、銀河の渦のようにあらゆるエネルギーを一点へと引き寄せてゆく。
そして――白き人影が、眩耀の繭を内側から静かに打ち破る。
次の瞬間、世界そのものを塗り替えるほどの輝きが、無音の閃光となって四方へ解き放たれた。
その光芒は、まるで新たな宇宙の幕開けを告げるがごとく、時空すら白く染め上げていった。
――キィィィンッ!!!!
それは、影ですらなかった。
思考の速度を超え、光学センサーの観測さえも凌駕して、その「白い光を纏う者」は、寸分の狂いもなく機械の猛獣の胸元へと到達していた。
世界から、それ以外の音がかき消された。ただ、万物を裁断する絶対的な一撃だけが、そこに厳然として存在した。
次の瞬間、エイペックスの巨体は、時空から撃ち抜かれた砲弾と化していた。オフィスビルを、1つ、2つ、3つ……。コンクリートと鉄骨の壁が、まるで薄紙を貫くかのように、抵抗の意味もなく霧散されていく。
一直線に刻まれた破壊の軌跡は、そのまま、夕景のパノラマに引かれた1本の醜い傷跡。やがて10棟目のビルを貫いた先で、その運動エネルギーは、ようやくこの次元の物理法則に捕らえられた。
瓦礫の山が、まるで火山のように噴火し、半壊したエイペックスがその姿を現す。
「……理解、不能。計測、不能。……エラー。エラー。……この、現象は、一体……!?」
身こそ怒りにわななくが、その合成音声は、未知への根源的な恐怖に震えていた。
――空を見上げる。
そこに在ったのは、ただの超人ではない。
ただ、静かに、そこに存在するだけで、宇宙の摂理そのものを体現する、純白の恒星。
人の形をした「奇跡」が、慈悲も、怒りも、一切の感情を宿さぬまま、この歪んだ世界を、静かに見下ろしていた。
「世界」。
それ自体のごとき静けさ。その超然とした態度の奥に、エイペックスは、己の存在さえも砂塵のひと粒とする、絶対的な境地の片鱗を見た。26世紀の知性が、この時代に降り立って以降、初めて、理解不能な恐怖に汚染されていくのである。憎悪が、その弱い感情を塗り潰さんとばかりに逆流した。
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