issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 02 06
「おかえりミーティス。友人とのおしゃべりは楽しかったかね?
だが、それも無駄な足掻きだ。君の力の源であるその札は、もう在庫がほとんど残っていないということを私は知っているぞ――」
宙に浮かぶエイペックスの頭部は、まるで戯曲の観客のように、空の結界を悠然と仰ぐ。
レンズを静かに切り替えれば視界は一変し、あらゆるものが紫色の霊力の濃淡だけで描き出されるようになる。
ドームを構成する無数の呪札が、燃え尽きる寸前の蝋燭のように弱々しく明滅しているのが、はっきりと見えた。
「――やがて、天を覆うこの呪符たちも力を失い、乾いた音を立てて、枯葉のように地へと舞い落ちることだろう。
物換星移――すべての事象は、移ろいゆくからこそ美しい。だが、ほんの数分後の私ときたら、愚かなことに、今この瞬間の激烈な詩想をすっかり忘れ、次なる"何か"に心を奪われているに違いない――より魅力的で、より革新的で、そしてより残忍な企てに。
しかしちょうどそんな時、風に運ばれた1枚の札が、懐かしい友からの便りのようにして、思索に火照った私の肩へとそっと舞い降りる。
――そして私はようやく思い出す。これこそが揺るぎない勝利の証となるはずだと、先ほどまで確信していたことを」
その予言に、ミーティスは唇を噛んだ。ドームの崩壊が間近であるという冷徹な事
実を、甘美な毒のように陶酔した言葉で告げられたのだ。彼女の表情から、最後の余裕が剥がれ落ちた。
空中の頭部は、まるで講義を再開する教授のように自信に満ちた声で語り続ける。
「これで残された山場は、君たちの母、オールラウンダーの突入と、炎の小娘、ホットショットの復帰だけだが……進化因子の蓄積はもう限界だ。
復帰には相当な時間がかかるだろう。つまり、君たちの戦力が揃って投入されるタイミングは、もうない。盤面は整った。私の勝利は、すでに確定しているのだよ、ミーティス君」
その言葉を裏付けるように、エイペックスの首から下は、より無慈悲な連撃をスヌープキャットに叩き込んでいた。
強靭な体を打ち据え、白い体毛の下に、確かなダメージを蓄積させていく。突発的な首相撲か
らの、流れるような鋼の膝が、身を丸める彼女の体をあまりにも軽々と突き上げた。
「うっ!」
スヌープキャットはくぐもった悲鳴を漏らし、意識が遠のきかけながらも、
遠くで孤立する仲間――ミーティスを、切なげに見つめていた。
その健気な視線をあざ笑って、エイペックスの頭部が音もなく上昇する。
「!」
その動きに殺気を感じ、ミーティスは咄嗟にイムノを抱えて跳ぼうとする。だが、遅い。
まるで飛び上がるついでだとでも言うように、紅蓮の眼窩から『創生の光』が、遅延もなく放たれた。
「――!」
光に撃たれたミーティスの体は、吹き飛ばされるがままにイムノを手放して、糸の切れた人形のように地面を転がる。
だが、それはただのダウンではなかった。砂埃を上げて転がる最中から、彼女の華奢な四肢は、大きく膨れ上がっている。
骨格が変形する張り詰めた音。うつぶせの身を苦しそうに起こしかけたその時には、体は、見る影もなく一個の獣へと変じていた。
「やはりな。変身速度が、前回の観測時より格段に上がっている――」
「――さあ、どこにでも行って英気を養うがいい。『完成』に近づいたその素晴らしい姿でいる限り、何度でも見逃してやろう。私は26世紀の、他の全ての猿人たちと同じく博愛主義者でね。同族をなぶる悪趣味は持ち合わせていない」
「さな、おせちと一緒に逃げて……ッ!」
その屈辱的な言葉に、スヌープキャットが絶叫と共に渾身の回し蹴りを放つ。だが、エイペックスの胴体はその一撃をこともなげに前腕で受け止めると、スヌープキャットの蹴り足がなおも押し込まれ、拮抗するその刹那――わざと見せつけるようにゆっくりと、バーニアを吹かす頭部を「ガコン」という無機質な音と共に元の位置へと再接続させた。
「ウチは……なんとかなるから!」
スヌープキャットの悲痛な叫びが響く。
「そうだ。……お前さえいなければな――」
鋼の奥から響く、温度のない声。
エイペックスは掴んだ足を支点に、テコの原理を冷酷に実行する。抵抗する間もなく宙を舞ったスヌープキャットの、がら空きになった顔を、もう一方の巨大な掌が鷲掴みにした。
それはまるで――与えられた人形が気に入らず、ただ叩きつけることによって親に不満を示す子供のような、無慈悲なまでの衝動。
土が爆ぜ、蜘蛛の巣状に亀裂が走る。その中心で、彼女の身体が悲鳴を上げた。
「貴様こそが、唯一の不確定要素だ……!」
普段の理知的な彼からは想像もつかない、子供じみた癇癪にも似た剥き出しの怒り。この獣人の少女だけが、彼の計算を、その存在そのもので狂わせる。
だが、スヌープキャットは叩きつけられた衝撃すら推進力に変え、即座に反撃へ転じる。鞭のようにしなる長い尻尾を、エイペックスの腕に巻き付け、強引に体勢を崩させると、がら空きになった胴体へ、
獣の野性を叩き込むかのように重い拳をめり込ませた。
「ごぉっ……!!」
エイペックスは、冷却液をよだれのようにしたたらせる口で、獣人の少女を憎々しく睨みつけ、こう吐き捨てる。
「――なぜだ!?なぜ『創生の光』をこれだけ浴びてなお、そのおぞましい獣の姿を保てる!?
非論理的にもほどがあるぞ!このイレギュラーが……!」
その叫びを、スヌープキャットの鋭い前蹴りが黙らせる。金属の顎をかち上げられ、生まれた一瞬の間合い。だが、それは消耗戦の始まりに過ぎなかった。互いの姿が霞むほどの高速戦闘。拳と蹴りがぶつかるたびに火花が散り、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
重なり合う攻防の果て、エイペックスは両の掌を合わせ、スヌープキャットのフックを正面から受け止めた。
その反動は装甲越しに全身を貫き、背後のビル低層を、膨大な圧力の奔りとして突き抜ける。
壁面は衝撃の伝播に沿って一方へと連鎖的に砕け、瞬時に、水面のような様相を呈す。その一瞬、建物の内側が露わに晒された。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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