issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 02 02
シノが語る15年前の1件は、当時ニュースにもなっていた。
世論が生んだその歪な規制は、彼女の祖父のような一個人の生き甲斐と誇りを奪うだけに留まらず、ひいては、人類社会と自然との間にあったはずの均衡さえも脅かしていたのだ。
消沈するシノの声。そこに含まれた祖父の無念、そして理不尽な現実に対するやるせなさと悲しみが、ミーティスの心に直接流れ込んでくるようだった。途端に、やり場のない憤りが湧き上がる。
拳を思わず握りしめると、関節がごきりと鳴り、指の付け根を覆う白く硬い体毛が逆立った。川原の石ほどもある大きな指の関節が、怒りに白く色を変える。
「そんな……」
言葉を失う。友の悲しみに寄り添いたい。温かい言葉で、その心を慰めたい。そう願うのに、今の自分はあまりに無力だった。もどかしい思いに突き動かされ、ミーティスは腕を広げる。自分のものとは思えぬほど重く、大きな腕を。ただ、華奢な友人の肩を優しく抱く、そのためだけに。
しかし、空気をかきわけて伸びたその腕は、あまりにも無骨だった。広く、革のように硬い掌。丸太のように太い指。そして、そのすべてを覆い尽くす、銀のうっすら混じった白の剛毛。
そう、ゴリラの厚い手だ。
およそ少女のものとはかけ離れた、強大な獣のそれが、シノの華奢な肩に、ずしりと置かれた。
「ごめん、今する話じゃなかったよね……」
「いいんだよ。辛いことがあったら、いつでも話して…」
さなの悲痛な言葉が公園の空気に溶けていく。その余韻を打ち破るように――地響きが、来た。
駆けてきたのは、燃えるような赤毛を逆立てた、ひと回り小柄なゴリラ。その身に、まだ結界を突き破った瞬間の波紋をまとわせながら、四つ足で大地を疾走してくる。
2人の目の前で土を蹴り上げて急停止すると、その獣――ホットショットは、荒い息のまま叫んだ。
「さな、交代だ!こっちもだいぶ浴びた!」
「うん、わかった!」
ミーティスは力強く応じると、シノの肩を1度だけ安心させるように叩き、名残惜しそうに手を離した。
ホットショットは、交代のため立ち上がるミーティスの姿に、何かを言いかける。
「でもこうなると、さすがのお前でもぜんぜん幼く……あ、」
言葉は途切れた。うさ耳フードの道服をまとったゴリラの姿が、陽炎のように揺らぎ、
みるみるうちに収縮していく。そして、そこには元の、神がかりの域にある美少女――ミーティスが立っていた。
「……これ新情報な!『さな』って名前はな、『幼い』の略なんだよ」
交代で乱暴にベンチに腰を下ろしたゴリラ姿のホットショットは、その巨体に似合わぬ軽薄な笑みを浮かべ、さも耳寄りな情報があると言わんばかり、シノの方へ、いやらしく体を這わせながらささやいた。
「ほんとぉ?」
シノは、目の前の超常的な光景に興味を奪われつつ、そのように返す。
「……ちがうもん!じゃあ行ってくるからね、ゴシュリー!」
愛嬌のある悪態を残し、ミーティスはふわりと宙に浮いた。そして次の瞬間、地面を蹴る。アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け、彼女の身体は1筋の光となって結界の中――粉塵と閃光が暗く渦巻く破壊の中心地へと、真っ直ぐに飛び込んでいった。
「あとは任せたぞー!」
「まかせて!あんなゴリラ、このターンでリーサル取ってやるウホ!」
*
遠い空に、花火が弾けては消えるような閃光が続く。白い衝撃波が天を洗い、1拍遅れて、臓腑を揺さぶる硬質な破砕音が断続的に届いた。
それは、人の理をはるかに超えた者たちが、あらゆる環境を顧みることなく激突することで生まれる光景だった。しかしその天上の激闘すら、今この眼下に広がる圧倒的な破壊の前では、まるで遠い世界の出来事に思えてしまう。
この21世紀半ばに、サイバーパンク的な進化を遂げた白走市の大通りは、かつてはホログラムの広告が交差し、色とりどりの電飾が超高層タワーの外壁を縦横に駆け抜けていた。棟ごとに異なる発光パターンが空を照らし、林立する摩天楼の数々が、都市の未来を誇示するかのように空へと伸びていたのだ。
しかし今、その華やぎはほとんど失われている。半壊したタワー群は無秩序に傾き合い、崩れ落ちた電子看板の破片が路面を覆い尽くし、壊れたネオンサインは断続的に明滅しながら、あたかも都市そのものの呼吸を示すかのように点滅を続けていた。むき出しとなった鉄骨は風に軋み、そこから垂れ下がる無数のケーブルも、揺れ続けている。
大通りの全体は、オゾンと砕けたコンクリートの匂いに満たされ、舞い上がる粉塵が視界をどこまでも曇らせている。そのただ中に、都市の中心に忽然と現れた大自然のような異景――巨大なクレーターがぽっかりと口を開けていた。溶けたアスファルトと土砂を脇へと押しのけ、その中央に半ば沈み込むのは、都市の立体模型を思わせる複雑な装甲を背負った、円盤状の異物。まるでこの街の存在そのものを覆い隠さんとするかのように、不気味な存在感を誇示していた。
『スターウォーズ』のミレニアム・ファルコンを思わせるその機体――無数のパイプや装甲、用途不明のアンテナ群といった凄絶なディテールが、息苦しいほど複雑に絡み合い、その全貌を覆い尽くしていた。
この“円盤”こそが、街にこれだけの破壊をもたらした元凶であり、すべての新たな物語の始まりを告げるものでもあった。
無惨に引き裂かれた装甲の隙間からは、明滅を続ける未知の配線や導管が、臓腑のように垂れ下がっている。あり得ない方向に折れ曲がったランディングギアは、大きな昆虫の肢体さながらに、戦闘の呼吸に彩られた空を虚しく掴もうとしていた。
機体がえぐり取った地面と、衝撃で覆された高層ビル群の残骸。その周囲には、焦げた砂利と、今は砕けてきらめくだけのガラス片が川のように広がる。一様に焦げ、ひしゃげたクレーターの周辺の車列、力なく垂れ下がる信号機。そこには、かつて賑やかな日常があったことを示す無数の残骸が転がっていた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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