issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 02 01
CHAPTER 2
地底帝国テラリアの暴発も、いまや過ぎ去った出来事となった。
白走市もまた、悪夢から覚めたばかりの人々のように、痛みの幻を未だ引きずりながらも、たしかな日常を取り戻しつつある。だが、その脆い平穏の下では、
はやくも次なる災禍が、癒えぬ傷のごとく脈打ち、その膿を滲ませていたのだ――。
市の象徴たる摩天楼「ジョルバスクル・タワー」が見下ろす公園は、西日という金色の絵の具で塗り込められ、深い孤独に満たされていた。噴水が立てる水音だけが、演者のない舞台に響く独白のように虚しく、そして執拗に、この静寂が偽りであることを訴えかけている。
平穏な市内にただよう、えも言われぬ違和感の正体――それこそが、公園の奥、雑木林が途切れた先にあった。そこは今やこの世ではなく、現実と異界とを分かつ境界線そのものと化していたのだ。
1枚の長大な膜が、地面から立ち昇ってどこまでも空に続いている。紫黒の硝子めいたそれが半透明に揺らめき、向こうの景色を不気味に歪ませるのだ。
その表面は、たえず微かな波紋を立て、波の節とでも言うべき位置には、無数の呪符が、埋め込まれたように浮かび、弱い呼吸のごとき明滅を繰り返していた。視線を辿れば、この膜の壁が滑らかな円弧を描いて天蓋を成しているのがわかる。
そうして全貌を捉えれば、それは街の一角を完全に飲み込み、夕暮れの空に染みを落とす巨大なドームだということがわかった。呪符が放つ不吉な光が脈打つたびに、内側からは遠雷にも似たくぐもった轟音が漏れ出し、かの異界が、けして平穏な場所ではないことを証明した。
両世界の境界線には完全武装の機動隊が等間隔で立ち並び、日常と非日常とを隔てるその光景を固唾を飲んで見守っていた。この結界こそ、ミーティスがその権能のほとんどすべてを注ぎ込んで作り上げた、決戦のための舞台なのだ。
避難命令区域のすぐ外、戦火の影響を受けていない1台のベンチに、ふたりの少女が腰掛けていた。
片方は、ハヤカワ・シノ。そしてもう片方は――ミーティス。戦闘の疲労か、彼女は普段の優雅さが嘘のように、どっしりとベンチに腰を下ろしていた。その重みに、金属製の脚がみしりと悲鳴を上げている。
「……あのターン……返し、ほんとに冴えてたよね……。ただ……あの、実況のノダチワワさんの声も、いつもより
凄くてびっくりしちゃったな……」
ミーティスが語るのは、昨日の《クロスゲート・レジェンズ》大会の熱戦の一幕だ。
絶叫に近い解説で人気のキャスター、ノダチワワの声も、昨夜は一段と大きかったらしい。
だが、同じ熱狂を経験したはずのシノの意識は、会話のここにはない。その目はどこか遠くを彷徨い、親友の言葉は、ただ意味を成さない音として鼓膜を揺らし、かろうじて相槌のきっかけとなるばかりだった。
(……あの光線、やっぱり厄介だなぁ。受けるたび身体の感覚が鈍くなってる……)
一方のミーティスもまた、内なるもどかしさと戦っていた。昨夜の感動を、もっと激しい身振りで、もっと巧みな言葉で再現してみたいとも思う。しかし、意思に反して腕は鉛のように重く、
声は喉の奥でかすれ、低い唸りとなってかろうじて言葉の形を成す。
すぐ隣にいる親友の懊悩に気づかぬまま、ふたりの心は、それぞれの場所で独りだった。
「……シノちゃ?聞こえてる?」
ミーティスは、心配そうに友の顔を覗き込む。シノの華奢な体つきに、
自分の大きな図体が不躾なほどに影を落とすのを、その時彼女は感じた。
「……あ、うん、ごめん。聞いてるよ」
あわてて取り繕う友人に、
「なんかさ、今日元気なくなぁい……?」
ミーティスはさらに用心深く問いかける。
「ううん――」
それに、力なく微笑んで首を横に振るシノの姿が、さなの広い胸板をちくりと刺した。
「――そういうわけじゃなくて……。今日、これからおじいちゃんのとこまで手伝いに行くんだ」
「え、おじいさんって……もしかして、北海道の?」
「うん」
シノの祖父が、北海道で名の知れた猟師であることは、ミーティスも聞かされていた。途端に、彼女の堅固な顔つきがぱっと華やぐ。
「すごい!遊びに来たの? だったら今度、おじいさんの武勇伝とか聞きたいな!」
純粋な憧憬に任せて、ぶ厚い手で自身の膝を叩く。ゴッ、と骨が鳴るような鈍い音が響き、鋼鉄製のベンチが小さく揺れた。
「いや、そうじゃなくて……」
しかし、シノの声の諧調は暗く落ちる。その声色と同時に、表情に差し込んだ影を、ミーティスはどうにも無視できなかった。
「もっと、深刻な話なんよ……」
シノはうつむき、ぽつり、ぽつりと語り始める。
「……おじいちゃん、その猟師の仕事がやっていけなくなって。……これはね、もうホント15年くらい前の話らしいんだけど……警察と揉めて、クマを撃つ許可を取り消されたことがあったんだ。
でね、それからもずっと……家にゴミを投げ込まれたり、壁に落書きされたりってことが続いたり、どうやって調べたのか、
愛護団体を名乗る人たちから1日中電話がかかってきたり……。そういう、地味な嫌がらせをされ続けてきたんだって――」
「――そんな時に、この間の新しい規制ができて……もう限界だって。北海道の家引き払って、しばらく前からこっちに住んで、ラーメン屋を、なんとかやってる。……電話で話した時のおじいちゃん、本当に悔しそうで。自分の生き方全部を、否定されたみたいだって……」
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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