issue#03 I I I I Dreamed A Dream CHAPTER 01 02
その年の7月、札幌はアスファルトが陽炎を立てるほどの熱気に包まれていた。梅雨が明けた列島を覆う湿った空気の中、ヒグマの目撃情報はついに市街地にまで及ぶようになる。
だが、そんな状況を無視するかのように、政府と警察は「致死的武器の使用抑制」方針を打ち出した。過熱する世論に配慮したその新基準は、クマへの対処を、原則として新開発の猛獣用テーザーや麻酔銃に限定し、猟銃の使用を最終手段とする、というもの。
言うまでもなくそれは、死の危険性と隣り合わせの現場から、最後の牙をもぎ取るにも等しい決定だった。
その日も、郊外の住宅地で「体長2m超」の通報があった。早朝から集まった警察、猟友会、獣医師の間に、じっとりとした緊張が漂う。
「いいか、絶対に撃つな。まずはテーザー、次に麻酔だ」
陣頭指揮にあたる警部の声が、夏の空気そのもののように重くのしかかる。猛暑だけのせいではない、汗の滲む顔で、警官たちは非殺傷銃の安全装置を外した。
その時、住宅裏のブロック塀の隙間から、黒い巨体が現れた。
包囲網に臆するどころか、一直線にこちらへ向かってくる。駐車場のフェンスが、まるで網のように歪められた。
「来るぞ、テーザー用意!」
最前列の若い警官が、震える手でテーザーライフルを構える。思考が追いつかない。熊が地を蹴る。距離が、一瞬でゼロになる。テーザーの電極針が、風に毛先を波打たせながら迫りくる巨体に触れたか、触れないか――その刹那、衝撃がすべてを粉砕した。
「――ッ、ぐ!」
警官の身体が宙を舞い、数m先の路上に叩きつけられる。アスファルトに背中を強打し、くぐもった悲鳴が漏れた。
仲間が銃口を向ける。だが、指が引き金にかからない。脳裏に焼き付いた「非殺傷」の3文字が、生存本能にかけた枷となる。ほんのコンマ数秒の躊躇。
その静止した時間を破ったのは、猟友会の射手が放った1発の威嚇射撃だった。轟音に驚いたクマは、そこでようやく雑木林へと身を翻す。
現場に残されたのは、アスファルトにうずくまる若い警官と、火薬の匂い、そして規則の無意味さを問うような、重苦しい沈黙だけだった。
救急車のサイレンが鳴り出す。警部が、やり場のない怒りを奥歯で噛み殺している
と、部下の1人が絞り出すように尋ねた。
「警部……」
「……なんだ」
「俺たち、こんなことで本当に何かを守れているんでしょうか?」
……警部は答えなかった。答えられるはずもなかった。
ゆえにその問いは、アスファルトの陽炎のように輪郭を得ぬまま立ち上っては、ただ昼前の空気に溶けていくしかなかった。やがて、遠ざかるサイレンの音も、男たちの無力な沈黙も、すべては狂おしいほどに鳴り響く蝉しぐれの奥へと吸い込まれていった。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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