issue#02 I I I UNDERTALE CHAPTER 05 03
「ひぃいぃぃっ!?!? い、今の見た!?絶対今の見たからッ!!」
声を裏返らせながら、はちるは片膝を折りかけてのけぞり、肩をすぼめたまま、両腕をばたばたとさかんに動かしている。
その顔は皆のほうを必死に見つめ、その手が指し示すのは、先ほどヤスデが滑り去った分岐路の奥、黒くぽっかりと口を開けた地底の闇だ。
指先はおびえに震え、そこに潜む得体の知れない何かをすこしでも遠ざけようとするかのように、何度も何度も、空を払った。
「おい!声抑えろ、上っ……!!」
アシュリーが即座に制止を叫んだ。だが、その声はわずかに、ほんのわずかに遅かった。
洞窟の天井、わずかに噛み合っていた土砂の結び目が、かわいた断裂音を伴ってほどけ、
そこから粒のような砂と、小指の先ほどの礫が連なって降り注ぐ。
舞い落ちる埃に反応するように、4人の意識が反射的に天井へと引き寄せられていく。
「そっか……ここ、地盤が弱いんだ……!」
おせちはようやく気づきを得て、
ヘルメットのヘッドライトを、砂が滴りおちた隙間へと思わず向ける。
そして、その無意識にして当然の動きこそが、最悪の発見を4人にもたらす。
レンズから発された円筒形の白光が、じっとりと濡れた天井の曲面を這うように移動し、
やがて、深いくらがりに隠されていた光景を――いっそ気付くべきではなかったこの空間の真実を、
否応なく照らし出す。
……蠢いていたのだ。
天井の表層にびっしりと貼りついた、無数の虫たちが。
だが、それだけでは終わらなかった。
彼女たちの意識が、最初の不愉快な衝撃をどうにか乗り越え、冷静な理性が視覚に追いついたとき――
そこには、さらに深刻な現実が待っていた。
微細な岩の裂け目。自然に形成された梁の裏側。壁と岩の接合部。
剥離しかけた鉱層の縁。「隙間」と名のつくすべての空間に、目を逸らしたくなるほどの密度で、
それらはひしめき合っていたのである。
地上の種で言えば、それはコオロギやカマドウマに近い。
だが、どれも不自然に膨張した腹部や、深い刻み目を節に持ち、まるで進化の方向を誤ったかのような異様な形態をしていた。
体長は2〜5cmほどとまちまちで、褐色やすすけた黒の甲殻の下には、翅のような薄膜がだらしなく
先端をはみ出させたまま折り畳まれている。全体としては、湿った岩陰にひそむ虫類の王道とでも言うべき、鈍色の光をうっすら帯びていた。
節のある脚には、棘めいた細毛がびっしりと生えそろい、
密着する虫同士がその毛を擦り合わせて、かすかな摩擦音を生んでいるようにも思われた。
複眼は乾いた石英、あるいは冷たい鉱石を磨いたような淡光をたたえ、
どの方向を見ているのかすら曖昧なまま、壁面の隅々にまでずらりと並んでいる。
そして、何よりも不気味だったのは――
それらすべての虫たちが、1体として、身じろぎひとつ見せぬまま、
ただ黙して、天井に張りついていたという事実だった。
まるで、天井のすべてが生物の殻でできているかのような一体感。
……世界は、ひと呼吸ぶんのあいだ、恐怖の名のもとに静止していた。
だが、その静寂も、永遠ではなかった。
「……ッ」
誰かが息を呑んだ、その刹那――
ぶわり。
1匹が、天井から落下した。すぐに2匹、3匹。
そして、まるで構造そのものが崩壊したかのように、節足の群れが堰を切って溢れ出す。
それは“滴り落ちる”というには速すぎ、
“降り注ぐ”というには、あまりにも粘性がありすぎた。
数え切れぬ虫たちが、流動体となって洞の空間を満たしていく。
乾いていた空気は、突如としてざわめきに侵され、圧し掛かる湿度と騒音に染め上げられた。
「……うひにゃああああすッッ!!」
「何語だよっ!?」
アシュリーのツッコミを背に、はちるはのけぞりながらも必死に体を縮める。だが逃げ場はない。
そう広いトンネルではないのだ。壁も床も、すぐに千万の群れの行路と化した。
虫たちは終わりなき列を成し、4人の身体を岩肌の一部とでも見なしたように、その起伏と輪郭をなぞりながら這い、通過していった。
「~~ッ!!」
脚の感触は、獣の毛皮を逆撫でしたときのようにざらつき、
熱のある柔肌の上を、無数の細脚が一斉に這いまわる。
硬質な棘を備えた足が、関節や脇腹、衣服の縫い目を確かめるように潜り込んでくる。
腹部は柔らかく膨れ、小刻みに波打ちながら、皮膚に無言の接触を与えていく。
まぶたや唇にまで這い寄る触角。口をつぐみ、目を閉じていても、なお“在る”という感覚が消えてくれない。
かゆみと、微細な痛覚だけが、終わりなく降り注ぐ雨のように彼女たちの全身を叩いていた。
列は果てしなかった。さなは、まぶたを固く閉ざし、口を引き結んでただひたすらに沈黙を守る。
おせちは、息を止めたまま、震える手で抜くか否かを迷いながら、ガンブレードの柄をお守りのように握りしめた。
「……が、我慢しろ、抜けるまで動くな……っ!」
最も胆力を持つアシュリーだけが、唇を噛み締めながらでも声を発することができた。
「ホットショット」の異名を持つ彼女でさえ、この状況では火を使うことを選べなかった。
天井はもろい。着火すれば、崩落は避けられないだろう。
いま彼女たちは、音も火も、ただの「死」へと直結する世界に生きているのだ。
地を這う密集した脚の音、翅が擦れ合う際のこまやかな振動、
そして湿り気を帯びた殻が皮膚に触れるたびに残していく、言いようのない不快感。
それらの感覚が、耐えがたく引き延ばされた数10秒――あるいは数分にも錯覚されるほどの長さで、
ひたすら彼女たちを包み込んでいた。
そして、ようやく。
列の尾を引く最後の虫影が、彼女たちの来た道の奥へと消え、
あの流動体のような列は、完全に闇へと呑まれていった。
洞内に、ふたたび息の詰まるような静寂が取り戻される。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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