issue#02 I I I UNDERTALE CHAPTER 03 01
CHAPTER 3
アラブ首長国連邦、首都ドバイ。ブルジュ・ハリファの高層階。
厚みある二重ガラス越しに、世界屈指の先端都市が放つ夜の光景が、静かに沈殿している。
摩天楼の光の筋は、大部屋の壁面と天井に幾重にも反射を返し、
はるか眼下、ドバイファウンテンでは、夜ごと繰り広げられる噴水ショーが、
まるで都市そのものの昂奮を代弁するかのような勢いで、水柱を打ち上げていた。
この、世界的超高層建築の1フロアをまるごと占有する広大なラウンジには、
濃紺のカーペットが夜の海を思わせる深みを湛え、重厚な革張りのソファが幾何学的な整然さで並んでいる。
最奥のひと隅に、前体制「ウルジクスタン」大統領の子息――カリム・トゥラベコフが、沈黙のまま腰を下ろしていた。
獣めいた顎鬚、垂れ下がる太い眉、その印象に反した鋭利な眼光。
その喉元に、二重顎の三日月を浮かべたふくよかな体は、漆黒のスーツに律儀に包まれ、
手首に巻かれた金時計と、分厚い指に嵌められたリングが、掌のわずかな動きとともに、
天井から差す照明をみじかく掬い上げては、すぐにその輝きを闇に沈めていった。
足を組んだ先、長いテーブルには銀のトレーとクリスタルグラスが静かに並び、空調がもたらす涼やかな気配が隅々に満ちる。
この広大なる私的な空間には、外の喧騒も、ただのはるかな幻影でしかなかった。
遠くエレベーターホールでフロア表示灯がひとつだけ穏やかに点滅し、密やかにドアが開いた。
カリムは掌に収めたスマートフォンの画面越しに、その様子をじっと見つめている。腫れぼったい瞼と陰のにじむ眼差し――ラウンジの重い扉が押し開けられ、廊下のまばゆい光が部屋に細く流れ込んだ。
やがて、控えめな足音とともにひとりの人影がラウンジへ歩み出る。
その男は、スーツを着込んだ人間の肉体そのものを、外套としてゆっくりと脱ぎ捨てると、青白く乾いた骸骨の顔貌をあらわにした。
シャカゾンビは、微笑とも皮肉ともつかぬ表情をたたえ、カリムへと無言の視線を投げかけた。
「お会いできて光栄ですぞ、坊ちゃん。これはこれは、しばらくお目にかからぬうちに、ずいぶんご立派になられて」
「……お久しぶりです、国師殿」
窓の向こう、アラビアの夜を彩るきらびやかな光が、わずかに揺れていた。
カリムはふかく一礼を返す。その動作にはたしかに、王族の末裔らしい威厳があった。
「ところで、下の階に人の気配がまるで感じられませんでしたが――」
シャカゾンビが話題を切り替える。
「時期も近いですし、誕生日パーティーという名目でビルそのものを貸し切りにしました。余計な耳もなく、水入らずでお話できます」
「それは、かえって困りますなァ――あまり目立つ趣向は……」
「ご安心ください。万全の配慮をしております」
「なるほど。……それは結構」
カリムの丁寧な仕草に導かれ、シャカゾンビは対面のソファへと腰を下ろした。
もっとも、その間には10m近い距離がある。
背後の窓外では、ドバイファウンテンの水柱が根元の照明色の変化に合わせて怒張と萎縮をいたいけに繰り返し、摩天楼の灯は地上から浮かび上がるようにして半透明の稜線を描きながら、夜空に溶け込んでいく。
だが、その華やかな光景とは裏腹に、ラウンジの空気には一片の熱もなく、
凍りついた沈黙と、はかり知れぬ心理上の隔たりが、ふたりの男の影をそこにただ淡々と沈めていた。
「……こちらの意向は、すでにご連絡差し上げた通りです」
カリムは抑制のきいた声で静かに切り出した。
「ええ、重々承知しておりますぞ。坊ちゃん。しかし昔馴染みとして、ここはやはり、ひとつ私に出資していただきたい。要求は、先だって申し上げた額――1000億ドル。些細な額ではありませんが、あなたならけして不可能ではないはずです」
カリムはソファの肘掛けに腕を添え、腹の先で組んだ指に意識を落とし込みながら、
骨面の男を凝視する。
「残念ながら、それはあまりに買い被りというものです。――私でさえ、そうたやすく差し出せる額ではありません」
シャカゾンビは、骨の顔にぞっとするほど整然とした微笑を貼り付けたまま、肩をひとつ軽く上げてみせる。
「旧体制のウルジクスタンが瓦解した際、あなたが西側諸国に対して語らなかった数々の秘密――
それらの情報の断片が今も各地に“埋もれている”こと、そして、その隠蔽工作の裏でどれほど多くの金と命が取引されたか、本当にご理解なさっているのですかな?
私は今、あなたに一世一代の好意を示しているつもりです。
あなたのご尊父にはかつて大きな恩義を受けておりますのでな。
ですから――私はここを脅しの場ではなく、礼儀を尽くした交渉の場としたのですぞ」
その言葉にカリムは顔をしかめ、指先を、思わずグラスの縁にさ迷わせる。
まなざしは摩天楼のきらめきへとあかさらまに泳ぎ、地上で戯れる観光客や、噴水の揺らぎの中にまで意識が沈む。
男の瞳の奥で、逡巡と葛藤が綱引きのようにせめぎ合い、やがて呼吸は浅く、声もかすれ始める。
それでも彼は、肩をほんのわずかに落とし、乾いた唇を引きむすび、意を決したように言葉を紡いだ。
「――もちろん理解しておりますとも。その上で、私の答えは……変わりません。私は、私は……
いかなる脅しにも、屈するつもりはない!」
「……はて。50にもなって、その口の利き方はいただけませんな。昔を思い出し、今一度教育して差し上げなくては――」
その瞬間、ラウンジ全体――まるで宮殿の広間を思わせる1階層ぶんの空間――の大気が、
極細のワイヤーを幾重にも張り巡らせたかのような切迫感で満たされた。
窓の外、都市の光彩が急に遠のいたよう錯覚されて、すべてが1枚の無機質な背景画と化す。
そして次の瞬間、シャカゾンビが右手を真横へ閃かせた。
その動きはまさに電光石火――西部劇の早撃ちにも比すべき速さで、
虚空からヤギ頭の杖が即座に具現される。
ミトン状のガントレットが杖の中ほどを掴んだのとほとんど同時、
フロアの四隅から、あらかじめ仕組まれていた舞台装置が作動するかのように――
カルテット・マジコの4人が、寸分の遅れもなく飛び出した。
「――教育されるのは、お前の方だぞ!」
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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