issue#02 I I I UNDERTALE CHAPTER 02 04
「外の人は?」
と、おせちが口を開く。
尊は湯呑を静かに卓へ戻し、視線を背後の花器へと移す。その仕草に揺らぎはなく、
「外務省の方じゃ」
続く声音にも一切の波がない。
「なんで追い出したの?」
おせちは、尊の正面へと進み出て、右手で体を支える横座りになりながら、机の縁に、反対の手を猫の手にして掛け、まっすぐに母の顔を見つめた。
「仕事の依頼などという不届きなモノをお前たちに持ってきたからじゃ」
「それは……多分、簡単な内容じゃないと思うけど、別に受けてもいいんじゃないの?」
おせちは声を抑えながらも、まっすぐに尊へ問いかける。
すると尊は、わずかに目を見開き、意外そうに身を乗り出して応じた。
「おせち、お前のような口の達者なやつがわからんか?これはな、将来有望な芽の囲い込みよ。
先日の1件で縁が生まれたことによってな、向こうはお前たちを、すこしずつ慣れさせていくつもりなんじゃ」
「……慣れさせる?何に?」
おせちは眉根を寄せ、問い返す。
「……政府公認のヒーローという立場よ。
そういう言葉は聞こえはいいがな、そんなもの、政治家にいいように使われるヤクザと本質は何も変わらぬ!」
尊の声音は、縁側の照明が本格的に白い羽根を伸ばしはじめるなか、
濃くなっていく夜の気配とともに、池の水音の底へと険しく染み込んでいった。
そして――。
居住まいを、芝居めくほどきちんと正した尊は、いよいよ厳然たる口調で、娘に訓を垂れていく。
「よいか、おせち。超人というものは、自分の特別な力で世の中を直接動かそうなどとけっして考えてはならん。その力は、人々が己の意志で決断することを“補ける”ため――あるいは、社会が破綻の瀬戸際にあるときに、かろうじてその崩壊を食い止めるためだけに用いるものじゃ。
それ以外のことは、おしなべて世間様の判断に委ねよ。
……さもなくば、その強大な力は、あまりにもたやすく、この世界を支配する手段へと転じてしまう。
つまり――超人というのはな、ただそうであるというだけで、『1票の権利を持つただの市民』よりも大きな立場でまつりごとに関わるべきではないのじゃ。
これは基本的な心構えとして覚えておくがよい。
そしてな、政府から頼みごとをされるなどという状況は、まさにその原則を崩す最悪の1歩目。
悪魔の誘いっ……!
いっぺんでもその気持ちよさを味わってしまえば――あとはもう、ズブズブのズブになるぞ!!」
一家の長のまなざしには、過去にその末路を目撃してきた者の静かな恐れが浮かんでいた。
熱弁を真摯に受け止めて、しばらく沈黙しおせちだったが、やがて言葉を選ぶように、低い声でこう返す。
「でももう来ちゃった話だよ。1回だけなら……向こうもこっちを頼ってるんだし」
すなわち、おせちは最後まで義侠の念を捨てきれなかったのである。
「ダメじゃ。1度でも前例を作れば、むこうはそれを突破口にする。
正式な契約を交わす前なら依頼を受ける義理などないし、どんな時でも、
請け負う側には断る権利があるのじゃ。――とにかく、そういう甘い顔をしては絶対にいかん!」
尊は即座に言葉を挟み、きっぱりとその思いを跳ねのけた。
するとその時、
「……横暴だ!我々には自決権がある!」
応接間を満たしていた、車が長いトンネルを抜けるあいだのような圧迫感を破るようにして
奥の襖が勢いよく引き払われる。
戸口に立っていたのは、可憐さを強調した意匠が、本人の風格とはやや不釣り合いなようにも見えるブレザー制服の裾をわずかに乱したアシュリーだった。
彼女は一瞬の迷いも見せず、毅然とした足取りでその場に踏み入ってくる。
そのすぐ後ろからは、同じ制服をパンフレットのモデル以上に端正に着こなしたさなが顔を覗かせ、
「そーだそーだ!」
と、遠慮がちに拳を掲げながら声を重ねた。
「お前たち……!」
尊は思わず息を呑み、その場の空気が一瞬にして張り詰めた。
そこへさらに、はちるが例の役人を連れて姿を現すと、室内の緊張はさらに一段階高まることになる。
「……ママ、この人、まだ何か言いたいことがあるみたいだよ?」
役人は、はちるにうながされるまま、座布団の上におずおずと膝をつき直し、
両手を揃えて膝上に置くと、一同を見渡した。
机の下、緊張のあまり握られた拳がかすかに震えているのが、その所作からも明らかだった。
吉濱尊は、娘たちの存在をひとまず黙殺するように湯呑に口をつけ、しばし無言の間を置いてから、
「申し訳ありませんが、今宵はこれにてお引き取り願います。
わしは大事な娘が不当な理由で何日も拘束されたこともあって、ただでさえ気が立っております。
もはやそちらご公儀と関わる気持ちは、露ほどもございませぬ」
と、毅然たる声音で告げた。
役人は、萎縮した面持ちのまま、なぜかポケットからマグロの寿司を直に取り出し、
ひと口でそのまま口に運んだ。室内には、酢飯と魚の香りが、ほのかに漂いはじめていた。
「あの……ご無礼を承知のうえで、しばらくお話を拝聴させていただいておりましたが――」
寿司を咀嚼した彼は、額を指でなぞり、逡巡と困惑の入り混じった表情を浮かべつつ、なおも引き下がろうとはしない。
「――実は僭越ながら、先ほどこちらからご説明申し上げた内容と、吉濱様ご一家においてご認識いただいている点とに、少々食い違いがあるように拝察いたします。
まず第一に、我々日本国政府は、本件に関してあくまで“仲介”の立場でございます。
ご依頼の趣旨といたしましては、護衛の要請に加え、関連情報の共有も含まれております。
そして実際のご依頼主は、ウルジクスタン共和国の要人――カリム・トゥラベコフ氏でございます。
ここまでお耳に入れさせていただければ、おおよそのご事情もご推察いただけるかと存じますが――」
「なんと――!」
尊は、この日になって初めて……という調子の声を上げた。
「ウルジクスタン」という国名が口にされた、その刹那、彼女は反射的に、抑えがたい反応を示していたのである。
「――同氏は、“シャカゾンビ”と名乗る者より脅迫を受けており、ご自身の身の安全について深く憂慮されております。それゆえ本件は、単なるご協力のお願いだけではなく、その背景を正式にご報告差し上げるための来訪でございます……」
「でも、シャカゾンビは、このあいだ私たちが倒したよ?」
はちるが、首をかしげるようにして素直な疑問を口にした。
外務省の役人は正座のまま肩をすぼめ、困ったように小さく頷く。
「……現時点では、まだ確定的な裏付けが取れておりませんが、地底国家『テラリア』の勢力により、
当該人物が回収されたとの報告がございます」
その言葉を最後に、応接間には一瞬、重苦しい沈黙が満ち、戸惑いの気配がゆっくりと広がった。
「……なんか、思ってたのとぜんぜん話が違うけど?」
おせちは冷ややかな視線で母を一瞥し、低くつぶやいた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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