前編
それは、この手のひらが見た、ただ一条の光だった。
×××
ギィ……と扉の開く音がした。
パタパタとまるで貴族らしからぬ足音が近づいてくる。
セリネリーヴェだ。
「どうした?」と声をかけるより早く、彼女はテーブルの上にある私の左手をギュッと掴んだ。
手のひらを上に返してやると、彼女はそこに自身の指で
《きて!》
と書きつけた。
今度こそ「どうした?」と尋ねると、
《は でた》
は……歯……葉……そういえば二週間ほど前、裏庭にトメロの種を植えたとはしゃいでいたな。ということは──
「芽が出たのか?」
《そう め》
よっぽど嬉しいのか、私の手のひらを自身の指でパチパチと拍手のように叩く。
彼女は口がきけない。
目の見えない私とは、もっぱらこうして私の左手を介して《《会話》》をするのが常となっていた。
城の北に広がる林の中にポツンと建っている石造りの塔が、私の住まいだ。神話時代の遺構といえば聞こえはいいが、時代に取り残された、どこもかしこも古いだけの塔である。
そこに彼女がやってきたのは、およそひと月前のことだった。
長く疎遠となっていた兄が、突然連れてきたのだ。
大公弟──身分だけは無駄に高い私を隠れ蓑にせねばならぬ娘。
彼女の口がきけないのが生まれついてのことなのか、或いは別の事情があるのかを私は知らない。知らないが──恐らく後者なのだろうと思う。
彼女からは、私と同じ匂いがした。即ち、《《奪われた者》》の匂いが。
トメロの芽にさほどの興味を示さない私に焦れたのか、セリネリーヴェは
《みにきて》
と書きつけた。
「トメロを?今からか?」
ものぐささを全面に出す私にはお構いなしに、私の手をグイっと引く。
これが、本来のこの娘の姿なのだろう。
その貴族らしからぬ快活な振る舞いは、彼女を、その十三歳という年齢に比して幼く感じさせる。
しかし、その彼女が背負う──或いは、背負わされたもの。
それが何かを、私は知らない。
お読みくださってありがとうございます。
後編は1月21日朝7:30 公開予定です。
全1600文字ほどのコンパクトな作品となりますが、
どうかお付き合いいただけると嬉しいです。




