第18話:新たなる狩場
洞窟の出口に立つ。ここから先は未知の領域だ。
俺は振り返ることなく、一歩を踏み出した。
洞窟を抜けた先に広がっていたのは、鬱蒼とした黒々しい森だった。昼間でも木々が生い茂り、陽の光がほとんど届かない。風に揺れる葉の音すらも、どこか不気味さを孕んでいる。
(この森……ただの森じゃないな)
俺の直感が警鐘を鳴らしていた。まるでこの場所そのものが生きているかのような圧迫感。魔物としての本能が、ここに強力な敵が潜んでいることを告げていた。
まずは慎重に行動するべきだ。
俺は影に溶け込むようにして森の中を進んでいった。足音を消し、木々の影を伝いながらゆっくりと歩を進める。洞窟内とは違い、開けた空間が多いため、隠れる場所を見極める必要がある。
(何かの気配がする……)
俺は木の影に身を潜め、息を殺した。
目の前を巨大な四足獣がゆっくりと歩いていく。体長は優に三メートルを超え、黒い毛並みの間から禍々しい赤い光が漏れ出している。
(アイアンファング……鋼鉄の牙を持つ魔獣か)
その名の通り、奴の牙は岩をも砕く強度を持ち、一撃で獲物の骨を砕くと言われている。冒険者でも熟練の者でなければ討伐は困難な魔物だ。
(今の俺で倒せるか……?)
冷静に分析する。俺の武器は影の刃。物理的な武器ではないため、相手の硬い毛皮を貫くことは可能かもしれない。しかし、問題はスピードだ。奴の巨体からは想像できないほどの瞬発力を持ち、一度でも懐に入られたら一撃で終わる。
(勝てるかどうかじゃない……勝たなければならないんだ)
俺は影の刃を展開し、慎重に間合いを詰める。
風向きを読み、音を立てないように移動する。影に身を隠しながら、獣の死角へと忍び寄る。
(まずは試しに一撃)
俺は影の刃を細長く伸ばし、獣の後脚を狙った。
「シュッ!」
刃が閃き、獣の脚を切り裂いた。
「グルルルルァァァ!!」
アイアンファングが怒りの咆哮を上げた。だが、傷は浅い。毛皮の防御力が思った以上に高いのか、それとも俺の攻撃がまだ甘いのか。
(まだだ……!)
俺は影の刃を再び振るい、連続攻撃を仕掛ける。しかし、獣は素早く跳躍し、俺の刃を避けた。そして次の瞬間――
「ガァァァ!!」
鋭い牙を剥き出しにしながら突進してきた。
(まずい!)
咄嗟に影潜りを発動し、地面の影へと身を潜らせる。突進は俺のいた場所をえぐるように通過し、木々がなぎ倒された。
(このパワー……まともに食らえば終わりだな)
影の中で冷静に状況を分析する。そして、俺はある作戦を思いついた。
(影の力を最大限に活用するしかない)
俺は木々の影を使い、高速で移動しながら獣を攪乱する。奴が目を光らせ、俺の気配を追っている間に、影の刃を再び変形させた。
(細い刃じゃ貫通できないなら――)
俺は影の刃を巨大な槍の形に変え、獣の背後から一気に突き出した。
「グアァァ!!」
影の槍が獣の背中を貫いた。
獣が暴れ回るが、俺は影の槍を深く刺し込んで逃がさない。
(とどめだ!)
俺は影の槍をさらに押し込み、獣の心臓を貫いた。
「……グルル……」
アイアンファングが息絶える。
静寂が戻った。
(……勝った)
俺は深く息を吐いた。
だが、休んでいる暇はない。アイアンファングの討伐は、この森の生態系に影響を与える可能性がある。そして、俺の存在もまた、この世界に少しずつ影響を及ぼし始めているのかもしれない。
俺は獣の死体を見下ろしながら、次なる狩場へと意識を向けた。
(この世界で生き抜くために……俺はもっと強くなる)
影の狩人としての戦いは、まだ始まったばかりだった。