-88- 鬱(ウツ)病
高桑は悩まなくてもいいのに悩んでいた。
「高桑さん、鬱病ですね…」
余りの気重に耐えられず、診てもらおうと医院に向かった高桑は、診療室の医師から笑顔でそう言われた。高桑はとある市役所の課長補佐へ昇格し、念願だった出世への第一歩を歩み出していた。だが、それまでの非適[管理者ではない一般職員]から外れ、管理者の末端を汚すことになってからというもの、高桑には今までは感じなかった仕事への責任と重圧の苦痛が押し寄せていたのである。それは身体的というよりは心理的なものが全てだった。
「鬱ですか…」
「ええ、間違いなく…」
「先生、治りますか?」
「もちろん治ります。症状が消えるまで、およそ1~2年はかかります」
「鬱ですか…」
高桑は管理職になどなるんじゃなかった…と悔いた。だが、異動の発令は無碍に断れないことも高桑には分かっていた。高桑は、これから見えない敵と戦うんだな…と思った。
「お薬を出しておきます…。焦らず、気長に直していきましょう」
気重の高桑にとって、医師の笑顔は何よりの妙薬だった。温和な先生でよかった…と、高桑はしみじみと思った。
それから一年、高桑は鬱病と仕事の二面で戦い続けていた。馴れとは恐ろしいものである。仕事の重圧も次第に弱まり、なんとか勤められるようになっていた。さて、そうなると心理的な重圧も次第に薄れ、少しづつ苦痛が遠退くとともに鬱病は完治していったのである。
二年後、高桑は管理者として辣腕を振るっていた。いつの間にか、出世しない方がよかった…という気持は高桑の心から消え去っていた。
出世すれば責任の重圧に耐える力が必要となります。それにしても高桑さん、出世が原因の鬱病に打ち勝てて、よかったですねっ!^^
完




