-86- 占い
出世できない期間が長引くと、自分自身の能力に疑問が湧き、占ってもらおうか…などと、占いに縋りつきたくなるものです。^^
梅が咲き始める二月を迎えようとしている頃の、とある市役所である。今年で入庁以来、三十年を過ぎた職員、大口は、相変わらず出世できず、ヒラ職員のままでいた。そんな大口が、休日の夕方、買物を済ませ、冷えた身体を温めようと、いつも寄る小料理屋で小鉢のお通しを摘まみながら一杯飲んでいた。小一時間が経ち、そろそろ酔いも回ってきたか…と思えた大口は支払いを済ませると外套の襟を立てて店を出た。しばらく細い路地伝いに街路に出ようとした、そのときである。ふと見ると、いつもは見かけない易者が小机を出し椅子に座っているではないか。易者と分かったのは[易]と書かれたオレンジ色に輝く灯りが小机の片隅に置かれていたからである。その易者は筮竹を両手に握りしめ、無念無想の風体で静かに目を閉じていた。言っておくが、眠っていたのではない。^^
「あのう…見て頂けますか?」
出世に縁がない大口は、知らず知らずのうちに声をかけていた。
「…はあ? ああ、どうぞ、おかけなされて」
易者は静かに両の瞼を開けると、小机前に置かれた椅子を進めた。大口はゆったりと座った。
「で、何を見て進ぜようかな?」
「実は私、出世が出来ないんです…」
「ほう…。それはお気の毒な…」
易者は、ははは…そりゃアンタに実力がないからですぞ…とは思ったが、そうとも言えず、グッ! と我慢して素の顔で冷静に告げた。
「この先、出世がどうなるか? の占いをお願いします」
「分かりました…」
易者は静かに筮竹を馴れた手つきでシャガシャガと動かし始め、しばらくして動きを止めた。
「出ましたな。ふむ…締めておられるネクタイの色がよろしくない、と出ております。色はスカイプルーがいいでしょう。サッカーのアルゼンチン風のコスチュームになされよ」
しばらくし、易者が厳かな声で答えた。
「サッカーのアルゼンチン風スカイプルーのネクタイですか…」
大口はサッカーのアルゼンチン風と聞いた途端、この易者、ダメだな…と思えたがそうとも言えず、見料を支払うと静かに席を立って去った。
その後、こともなく数日が過ぎたある日、大口の耳にふと、易者の言葉が甦った。勤務が終わると、大口はスカイプルー色のネクタイを買い求め、次の日から着用を始めた。すると、あら不思議! 今までなかった異動の内示が突然、伝えられ、大口に係長のお鉢が回ったのである。大口は、占いもやってみるもんだな…と、しみじみ思った。
まあ、出世が占い通りになるとは限りませんが、出世にご縁のない方は一度、占ってみられる価値はありそうですね。^^
完




