-56- 疲れ
疲れたくなければ、出世しない方がいい。出世すれば、何かと疲れるからです。仕事に責任を負わされ、諸事で心身が疲れるからです。^^
全国チェーンの、とある大手商社である。入川は疲れていた。こんなことなら出世しなけりゃよかった…と思う仕事に追われる日々が続いていた。営業統括部の第一営業課長に昇格したまではよかったが、そのあとがいけなかった。何かと仕事が増え出したのである。こんなことなら、古い歌ね♪ドント節♪の歌詞ように、タイムレコーダーをガチャンと押せば、あとはどうにでもなった日々が懐かしく思い返された。
「課長、部長がお呼びです…」
「えっ!? またかい…」
入川は怪談のようなゾォ~~っとしてまた仕事が増えるぞ…と瞬間、思えたからである。実にお気の毒である。^^
「…部長、何でしたでしょう?」
入川は蚊の鳴くような小さな声でボソッと訊ねた。
「ああ、入川君。実は他でもないんだが、社員の慰安旅行なんだがね。君に幹事をお願いしたいんだが…」
「わ、私にですか…」
入川は、ふたたびゾォ~~っとする寒気を覚えた。営業統括部は約300名規模の社員を抱えていた。
「わ、私、体調が今一…」
入川は咄嗟に詭弁を遣った。早い話、逃げである。
「そうか…。いや、それならいいんだ。他の課長に頼んでみよう。ごくろうさん…」
部長の出口は深追いしなかった。入川は窮地を脱したのである。
ひと月後、営業二課の戸山が幹事として取り仕切る慰安旅行が盛大に行われた。そして、慰安旅行は無事に終了したのである。
翌年の春、人事異動で戸山は副部長に昇格したが、入川には何の音沙汰もなかった。
『いいさ…これ以上、疲れるくらいなら出世しない方がいい…』
入川の本音だった
疲れることがお嫌な方は、出世しない方がいいみたいですね。^^
完




