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第八話『追走』

 (かんなぎ)とは、神社の巫女の事だったと思う。

 男の子のグループが観光名所になっている神社があると話していた。


「ここの神社の?」

「うん」

「巫は人と会っちゃいけないの?」

「……巫は神聖な存在だから、俗世と関わってはいけないって」


 予想と違った。まさか、宗教絡みだとは思わなかった。

 だけど、やるべき事は何も変わらない。


「ヒカルくんはどう思っているの?」


 それが何よりも重要だ。

 ヒカルくんが苦しんでいるのなら、宗教上の理由なんて、何の免罪符にもならない。

 子供を傷つけたり、苦しめたりする大人は悪者だ。絶対に許してはいけない。


「そこまでにしておきなさい」


 その声は森の奥から聞こえて来た。


「その子は贄守神社の巫。お嬢ちゃん達とは住む世界が違うのよ」


 現れたのは老婆だった。


「……わたしはこの子に聞いてるんです」

「なら、答えてあげなさい」


 老婆はヒカルくんに視線を向けた。


「……オレ、は」

「意味分からなかったの?」

「ひっ」


 すると、紗耶が老婆を睨みつけた。彼女の殺気立った表情を見て、老婆は狼狽えながら後退った。 


「黙ってろって言ったんだけど? 分からなかったわけ?」

「ね、年長者に向かって、口の利き方を知らないのかしら!?」

「顔だけじゃなくて、心まで不細工になってるババアには十分でしょ」


 老婆は口をパクパクさせている。ここまで無礼な事を言われた事など無いのだろう。

 そのまま黙っていて欲しい。彼女は明らかにヒカルくんを脅していた。彼女の理想通りの言葉を口にするように。

 

「ヒカルくん。イヤな事はイヤって言っていいんだよ。それでも強要する人がいるなら、わたしが絶対にあなたを助けるから」

「……お姉ちゃん」

「黙れ!!!」


 老婆が声を荒げた。


「これ以上、ヒカルに余計な事を吹き込むなら、お前達に贄神さまの祟りが降りかかる事になるわよ!!」


 ゲンナリする。この科学全盛の時代に祟りだなんて言葉を漫画やアニメ以外で聞く事になるなんて思わなかった。

 宗教には興味がないから偏見も特に持っていなかったけど、偏見を持ちそうになる。

 中二病は中学で卒業しておいて欲しい。


「オ、オレ、大丈夫だから!!!」


 ヒカルくんが叫んだ。


「ヒ、ヒカルくん!? 祟りなんて迷信だよ!?」

「大丈夫だから! オレ、大丈夫だから!!」


 青褪め切っている。わたしは老婆を睨みつけた。


「大丈夫だって言ってるでしょ!! もう、どっかに行ってよ!!」


 冗談じゃない。わたし達に祟りが降りかかるからなんて、そんな理由で退()けるわけがない。

 祟りなんて存在しない。存在しないものを恐れさせて、自分の意思を抑えさせるなんて、虐待以外の何者でもない。

 

「……ヒカルくん、祟りなんて存在しないの」

「もういいから! 放っておいて!!」


 老婆は笑っている。自分の思い通りになっている事が嬉しくて仕方ないのだろう。

 小さい子を操って、それで悦に浸る外道。

 わたしの脳裏には、一人の女の顔が浮かんでいた。ゲームメイカーと呼ばれた女。

 この老婆はあの女と同じだ。


「あったとしても構わないよ」

「……え?」

「祟りたかったら祟りなさいよ」


 ヒカルくんの目元には涙が滲んでいた。その涙をハンカチで拭ってあげながら、わたしは老婆を明確な敵として認識した。


「子供を泣かせて笑ってる奴なんて、わたしは大っ嫌いだ!!」

「何を言うかと思えば! 泣かせているのはお前達じゃないの!! ヒカルは放っておいてと言っているじゃない!!」

「言わせてるのはあんたでしょ!」

「思い込みの激しい女ね! 責任転嫁をするんじゃないわよ!」

「はぁ!? 責任転嫁はそっちでしょ!!」

「もうやめてよ!!」


 老婆と怒鳴りあっていると、ヒカルくんが悲鳴のような声を上げた。


「ヒ、ヒカルくん……」


 ヒカルくんは泣きじゃくっていた。


「もうやめてよ。もういいから! もうやだ……」

「ご、ごめんね! ヒカルくん、泣かないで……」

「ほら、ごらんなさい。やっぱり、泣かせてるのはお前じゃないの!」


 老婆は勝ち誇ったように言った。だけど、言い返したら余計にヒカルくんを苦しませてしまう。

 

「ら、蘭子、少し落ち着こうよ」

「だって、放っておけるわけないでしょ!?」


 苦しんでいる子を放っておくなんて、そんな事は絶対に出来ない。

 苦しんで、苦しんで、その苦しみが死ぬ事よりも辛くなってしまったら、この子は死んでしまうかもしれない。

 

「普通に通報しようよ」

「……え?」

「……は?」


 わたしと老婆の声が不本意にも重なった。


「蘭子達が盛り上がってる間に調べたんだけどさ。まずは児童相談所に通報して、警察にも連絡を入れておくといいかもしれないってさ。民事不介入って言って、動いてくれない場合もあるみたいだけど、瀬尾さんに連絡すれば動いてくれるでしょ? わたし、一応、次郎にも電話してみるね」


 亜里沙が最適解を提示してくれた。


「じゃあ、わたしは瀬尾さん経由で警察に連絡するね」

「わたし、児童相談所ね。ちゃんと説明出来るかな?」

「……好きにしなさい」


 そう言うと、老婆はヒカルくんの手を引いて森の奥へ歩き出した。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


 瀬尾さんが中々出てくれない。彼は以前の事件で知り合った刑事さんだ。もしかしたら、今は手が離せない状況なのかもしれない。


「あっ、次郎! わたしわたし!」


 亜里沙の方は次郎に繋がったようだ。この際、極道組織の人間でもいい。

 次郎は極道だけど、警察組織の瀬尾さんとも裏で繋がっている人。彼に言えば、薄暗い繋がりを通じて瀬尾さんにも話が通る筈だ。

 

「そっちは任せたよ、亜里沙!」

「こっちも繋がらないし、任せた!」

「え? ちょっと!? あっ、次郎! 切らないで! 大事な話なの!」


 通報は亜里沙に任せて、わたしと紗耶は森の奥へ老婆とヒカルくんを追いかけた。

 ところが、すぐに追いかけた筈なのに二人の姿を見失ってしまった。


「な、なんで!?」

「……わたしの目でも見つけられないなんてね」

「ヒ、ヒカルくん! どこ!?」


 わたしは必死にヒカルくんの名前を叫んだ。だけど、返事が返ってこない。


「あのババァの服……」

「服がどうしたの!?」

「緑混じりの茶色い服だった。あの子の服も。しかも、フード付きだった……」


 その言葉を聞いて、脳裏にゆうちゃんと一緒に見た教育番組を思い出した。

 花に擬態するカマキリや枯れ葉に擬態する蝶の特集をしていた。

 

「迷彩!?」

「……やられたわね。あのババァ、隠れ慣れてる」


 悔しい。気づくべきだった。

 ヒカルくんは誰にも会ってはいけない。それなのに森の中限定で外出を許されていたとすれば、森の中で人と出会わないように対策を練られていた可能性に思い至るべきだった。

 あの子がわたし達に声を掛けてくれたのはSOSサインだったのかもしれない。それなのに、まんまと連れて行かれてしまった。

 わたし達と関わった事をあの老婆は良く思っていなかった。その事を理由にヒカルくんが罰を受けてしまうかもしれない。

 

「探さなきゃ!!」


 目的地は少なくとも森の中かその直ぐ傍だ。加えて、子供や老人の足で行き来出来る程度の距離。人里からも離れている筈と考えれば、自ずと方角も分かる。


「紗耶、森の奥に行こう!」

「オッケー!」


 紗耶は一気に森の奥へ駆け抜けていった。わたしも後を追いかける。

 本人達が迷彩服を着ていても、住んでいる場所までは隠せない。


「ビンゴ!」


 紗耶が叫んだ。見つけたのだ。わたしは木々を避けて、彼女の下へ急いだ。


「紗耶!」

「あったわよ、蘭子」


 そこは森の外れだった。開けた場所には高い壁があり、その向こう側には瓦屋根が見える。


「ヒカルくんは!?」

「分からないけど、もう中に入ってるんじゃない?」

「だったら、乗り込まないと!!」

「はい、ストーップ!」

「ぐえっ!?」


 駆け出そうとしたわたしの襟首を紗耶が掴んで止めた。


「なにすんの!? 死ぬかと思ったよ!?」

「突っ走ろうとするからよ。乗り込むって、不法侵入する気?」

「だって、ヒカルくんが中にいるんだよ!?」

「不法侵入したら、通報されるのコッチじゃん。警察も児童相談所も話を聞いてくれなくなんじゃん」

「あっ……」


 紗耶の冷静な言葉で頭が冷えた。

 こっちが罪を犯したら、法律は味方をしてくれなくなる。


「……とりあえず、一旦戻ろう。気持ちは分かるけどさ」

「うん……」


 わたしは壁を見つめた。

 悔しい。あの時、もっと早く走り出せていれば間に合ったかもしれない。

 苦しんでいる事が分かっているのに、助けてあげられなかった。

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