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第七話『巫』

 亜里沙が少し離れた所でジッとしている。


「……むふっ」

「お姉ちゃん?」

「ちょっと待っててね、ヒカルくん」


 わたしは懐かしい気分に浸りながら亜里沙の下へ向かった。彼女はスカートの裾を掴んで、下唇を噛んでいた。

 彼女は結構シャイなのだ。

 最近は鳴りを潜めていたから克服したのかと思っていたけれど、中学生の頃は知らない人に話しかけられたりすると、よくこうなっていた。

 

「亜里沙!」

「……蘭ちゃん」


 これまた懐かしい呼び方だ。中学生の時、わたしがやらかす前まではこの呼び方だった。

 いつも蘭ちゃん蘭ちゃんと言いながら、わたしについて来る子だった。だけど、ある時を境にわたしの隣に立ってくれるようになった。

 それが理想としていた関係性だったから、不満なんて無かった。だけど、あの頃の亜里沙も凄く可愛くて好きだった。


「どうしたの~?」


 覗き込むように声を掛けると、亜里沙はハッとした表情を浮かべて、スカートの裾から手を離した。


「な、なんでもない!」


 どうやら、元に戻ってしまったらしい。もうちょっと堪能していたかったから少し残念だ。

 とは言え、あんまり機嫌を損ねる事はしたくない。


「早くしないと紗耶に負けちゃうよ」

「わっ、ちょ!」


 わたしが落ち込んでいた時に彼女がそうしてくれたように、わたしも彼女の手を強引に引っ張った。

 暗がりから抜け出せない時はちょっとの強引さが必要になるのだ。

 わたしをこの旅行に連れて来てくれた、彼女のような強引さが。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 ヒカルくんは亜里沙に心配そうに声を掛けた。


「う、うん」

「良かった! あっちにクワガタがいっぱいいるよ!」

「そ、そうなんだ!? えっと、どの辺りかな……?」

「あの大きな葉っぱの木の傍だよ。樹液がコブの所で溜まってる所があるんだ! そこにいっぱい!」

「へー! ヒカルくん、この森を熟知してるんだね! すごいよ!」

「えへへー!」


 もう大丈夫だ。亜里沙はシャイだけど、一度話した相手には割と簡単に心を開く。

 案の定、すっかりヒカルくんと仲良くなっている。


「行こう、蘭子!」

「うん!」


 わたしと亜里沙はヒカルくんに案内された木に向かって、虫取り網を掲げて突撃した。

 そして、予想以上に密集している虫を見て、一気に後退(あとずさ)った。


「どうしたの?」

「……ちょ、ちょっと、多過ぎて」

「正直、キモい……」


 クワガタ虫は好きだけど、三匹以上が集まっている光景は正直キツイ。


「……お姉ちゃん達、勝負してるんじゃないの?」


 ヒカルくんが呆れている。だけど、キモいものはキモいのだ。


「い、一匹ずつ捕まえられるポイントとかない?」

「あるけど、負けちゃうよ?」


 ヒカルくんは紗耶の方を見た。その籠は真っ黒だ。中は虫でギッチギチに違いない。


「……いや、虫取りは勝負とかじゃないっていうか」

「自然との対話だし、多く取ればいいってもんじゃないっていうか」

「そ、そうなんだ……」

「そうなのだー!」

「そうなのだー!」


 わたし達は改めてヒカルくんに案内してもらったスポットで程々の数のクワガタを捕獲した。


「おーい、そっちはどうだったー?」


 紗耶が駆け寄って来た。

 彼女の虫籠には黒く蠢くクワガタがギッチギチ……、ではなかった。


「わたし達は二人会わせて五匹だけど、紗耶は三匹?」


 遠目に見た時は真っ黒に見えたけれど、彼女の虫籠の中にはクワガタが三匹しかいない。


「捕まえ過ぎて窮屈そうだったから逃がしちゃった」

「なるほど」

「……ところで、なんでお姉ちゃん達はそんなにクワガタばっかり捕まえるの? 蝶とか、カブトムシとかもいたのに」


 ヒカルくんの質問にわたし達はキョトンとなった。その反応が予想外だったのか、ヒカルくんもキョトンとなった。


「だって、かっこいいし」

「うんうん」

「やっぱり、角は一本よりも二本だよねー」

「そ、そうなんだ……」


 わたし達は虫籠の中のクワガタを見つめながら、6年前の事を思い浮かべた。

 まだ小学生だった頃、わたしと亜里沙は今みたいな女子力を持っていなかった。動きにくいからスカートが大嫌いで、いつも半ズボンで駆け回っていた。

 ある時、近所の公園でクワガタを発見した。たぶん、誰かのペットが逃げ出したのだと思う。亜里沙は怖がっていたけれど、わたしと紗耶は興奮した。

 そのクワガタはすぐに飛んでいってしまった。特別な思い出という程ではない。だけど、普段の生活の中では見かける事のないクワガタの存在はわたし達にちょっとした非日常を与えてくれた。

 あの時のドキドキは今も忘れられない。雄々しい二本の角をわたし達はニヤニヤしながら見つめ続けた。


「……ほんとに好きなんだね、クワガタ」

「もちの」

「ロン」

「だよ!」

「仲良しなんだねー」


 ヒカルくんは苦笑している。


「さて、満足したからそろそろ解放してあげようか」

「だねー」

「うん」


 わたし達は虫籠を開いた。クワガタは中々飛び出していかなかったから、一匹ずつ指で摘んで近くの木の枝に置いた。

 

「さらば、二次郎、三次郎」


 亜里沙は名前を付けていたようだ。次郎と聞くと、彼女の親戚の男を思い出す。

 極道組織に所属していて、多分悪い人だけど、わたしに力を貸してくれた人。


「この後どうする?」


 紗耶はヒカルくんを後ろから凭れ掛かるように抱き締めながら聞いてきた。

 ヒカルくんはちょっと困っている。


「とりあえず、重そうだからやめなさいよ」

「失礼な! わたしの体脂肪率は10%だよ!」

「……岩に抱かれているみたい」

「そこまで硬くないでしょ!?」


 腹筋が割れてる人は岩に例えられても仕方がない気がする。

 彼女の腕や足に触れると、そのあまりの硬さに誰もが真顔になってしまう。


「紗耶、もうちょっと脂肪があってもいいと思うよ?」

「ボディビルダーみたいになっちゃうよ?」

「そこまではやらないわよ!」


 紗耶はボクシング部のエースだけど、別にボクシングの頂点を目指しているわけではない。

 あくまでもダイエットの為だ。もっとも、これ以上のダイエットが必要とは到底思えないくらい彼女の体は引き締まっている。

 本人はあまり認めたがらないけれど、ボクシング自体が楽しくなって来ているのだと思う。


「それより! 次はどこ行く!?」

「うーん、駄菓子屋行ってみる?」

「いいねぇ。お菓子買って、湖見に行こうよ!」

「ヒカルくんは駄菓子好き? お姉ちゃんが何でも買ってあげちゃうよ!」

「いっぱい案内してもらっちゃったし、御駄賃をあげないとだもんね!」


 わたし達の家の近所には駄菓子屋がない。だから、ちょっとドキドキしている。


「あれ食べてみたいんだよね! ちっちゃいヨーグルト!」

「わたしはあの四角いお餅? みたいなのがいっぱい入ってるの食べてみたいなー」

「わたしはなんだろ? うーん、駄菓子っていうと、麩菓子も駄菓子?」

「麩菓子は麩菓子じゃない?」

「でも、麩菓子も駄菓子っぽい気はする……?」


 駄菓子に夢を膨らませながら森の出口に向かうと、途中でヒカルくんが足を止めた。


「ヒカルくん?」

「どうしたのー?」

「はやく行こうよ! 飛行機組み立てる奴買ってあげるよ?」

「……ごめんね、お姉ちゃん達。オレ、帰るね」

「え?」


 ヒカルくんはわたし達に背中を向けて走り始めた。そして、紗耶があっという間に追い抜いた。


「えっ!?」

「よっこいしょ」


 紗耶はヒカルくんを担いで戻って来た。


「……何してんの?」

「様子がおかしかったから」


 亜里沙は唖然としている。だけど、わたしからはナイス判断だとグッドサインを送っておく。


「ごめんね、ヒカルくん。門限とかなら誤るけど、なにか悩み事があるなら相談に乗るよ?」

「え? えっと、その……」


 わたしはヒカルくんの瞳をまっすぐに見た。

 紗耶が言う通り、態度がとても変だった。わたしにはヒカルくんがとても怖がっているように見えた。

 

「……オレ、本当は人と会っちゃいけないんだ」

「どういう意味?」


 とても不穏な言葉だ。だけど、話そうとしてくれている。

 わたしは感情を抑えた。紗耶がいる限り、逃げられる事はない。だけど、心に蓋をされたら聞くべき事を聞けなくなる。


 ―――― 会っちゃいけない


 人と会う事がタブーになっている状態が自発的なものである筈がない。

 恐らく、誰かに禁じられたのだ。それが親兄弟なのか、はたまた別の誰かなのかは分からない。

 肝心なのは、それを禁じた人の感情だ。

 知らない人について行っては行けない。それは誰もが一度は言われた事があるタブーだ。そこに込められているのは、心配する親心。

 わたしもゆうちゃんに対して、何度も言い聞かせた事がある。

 だけど、万が一にも虐待的な意味合いがあった場合、ここで聞き出せなければ解決出来る可能性を潰す事になる。

 

「どうして、人と会っちゃいけないの?」

「……オレは(かんなぎ)だから」

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