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第六話『出会い』

 旅館で貰った地図を頼りに、わたし達は村はずれにやって来た。

 

「……まったく、誰ともすれ違わなかったんだけど」

「で、でも、旅館には仲居さんとかいっぱい居たし……」

「もしかして、村人みんなで旅館を運営してるとか?」


 あの旅館に対する力の入れようからすると、あり得ないとも言い切れない。

 そう考えると、この異様な静けさにも説明がつく。

 

「必死さを感じるね」

「限界集落ってやつなのかな?」

「謎が解けると、一気に切なくなって来た……」

「ホラーかと思ったら、プロジェクトXの序章だった」

「応援したくなるね」


 少ししんみりしながら、わたし達は森に入った。


「えっと、この赤い紐を目印に移動するようにって書いてあるよ」


 亜里沙が近くの木に結んである赤い紐を指さして言った。森の中で迷子にならないようにする為らしい。緑と茶色が広がる風景の中で、この赤い布はとても目立っている。何も知らずに見たら不気味に思ったかも知れないけれど、これは村の人達の思いやりなのだと分かって見ると、すごく温かい気分になる。

 わたし達は赤い布の前で写真を撮る事にした。この村の魅力をSNSで伝える事は村興しの一助(いちじょ)になるのではないかと考えたからだ。


「よーっし、狩りの時間だー!」


 わたし達は虫取り網を構えた。

 今のわたし達は狩人だ。獲物を逃さぬ為に目を皿のように鋭くしている。


「いた!」


 紗耶が獲物を捕捉したようだ。


「どこどこ!?」

「クワガタ!?」


 わたしと亜里沙は紗耶が指差している方向を探したけれど、全く見つけられない。

 

「まずは一匹ィ!」


 その掛け声と共に紗耶は駆け出した。一瞬、彼女がライオンに見えた。

 障害物だらけの中を疾風の如く駆け抜けていき、跳躍したかと思うと、木肌を蹴りつけ、更に高く跳躍して、普通なら届かない所にいるクワガタを見事に捕まえて見せた。

 

「さすが紗耶……」

「リアル三角飛びとか、初めて見た……」


 彼女は相変わらず、身体能力がずば抜けている。

 わたしが動きを真似たら、きっと怪我だらけになってしまう。


「っていうか、よく見つけたよね」

「紗耶って、視力もとんでもないよね」


 クワガタを虫かごに入れて、ホクホク顔で戻って来る紗耶にわたし達は拍手喝采を送った。


「紗耶って、パルクールも上手(うま)そうだよね」


 亜里沙があまり聞き馴染みのない事を言った。


「パルクールって? 壁の突起を掴んで登るやつ?」

「それはボルダリング」


 わたしが想像したものは別の競技だった。

 

「あれよ。街中とかでやるスタイリッシュな障害物競争」

「ふ、ふーん?」

「そんなのあるんだ」

「後で動画見せてあげるよ。すっごいカッコいいんだから!」


 上手くイメージが出来ないけれど、亜里沙がそうまで言うなら、カッコいいスポーツなのだろう。

 

「道具とか使うの?」

「まったく使わないよ。己の身体能力だけで行うスポーツなの」

「じゃあ、動画見た後でみんなでやってみようか」


 わたしが言うと、亜里沙は「いやいや」と首を横に振った。


「わたしと蘭子には無理だと思う。壁を走ったり、宙返りしながら高い所から落ちたりするし」

「それ、漫画の話……?」

「違うわよ! リアルのスポーツ!」


 壁を走れる人間なんて、紗耶以外に居るとは思えない。


「壁って、どのくらいの距離を走るの?」

「壁を走る距離を語れる人なら余裕なくらいよ」


 以前、紗耶は雑踏の中でスリを捕まえる為に近くのビルの壁を走った事がある。あの時、わたしは初めて人間が壁を走れる生き物なのだと知った。


「あっ、もう一匹はっけーん!」

「また!?」

「わたし達も負けてられないよ!」


 深い森の中を縦横無尽に駆け回る狩人に挑むからには、遊び気分では居られない。


「ねぇ」


 気合いを入れ直してクワガタを探そうと意気込むと、急に声を掛けられた。


「え?」

「お姉ちゃん達、何をしてるの?」


 その声に振り返った時、わたしは虫取り網を落としてしまった。


「え……、あ……」


 そこにはゆうちゃんがいた。


「クワガタを探してるの?」

「……あ、うん」


 まばたきをすると、それが勘違いだとすぐに気が付いた。

 そこに居たのはゆうちゃんと同い年くらいの子供だった。


「はい!」


 その子はわたしが落とした虫取り網を拾ってくれた。

 

「えっと、あなたは?」

「オレ、ヒカル!」

「ヒカルちゃん?」

「ちゃんなんてヤメてくれよ! せめて、くんにしてよ!」


 ヒカルくんは恥ずかしそうに言った。そういうお年頃という事なのだろう。


「ごめんね。ヒカルくんはこの村の子なの?」

「そうだよ! お姉ちゃん達、クワガタ探してんだろ!? オレが案内してやるよ!」

「いいの?」

「もっちろん! この森、クワガタがいっぱいいるんだぜ!」

「じゃあ、お願いしちゃおっかな!」

「任せとけ!」


 ヒカルくんはわたしの手を掴んで走り出した。

 ゆうちゃんよりもちっちゃい手だけど、懐かしい温かさを感じる。


「ヒカルくんはよく虫採りに来るの?」

「うん! 他にやる事なーんにもないからね」


 そう言うと、ヒカルくんは深い溜息を零した。心の底からウンザリしている様子が見て取れる。

 無理もない。ここに来るまでの道中、バスの窓から商業施設を目撃したのは到着の二時間も前にあったコンビニが最後だ。

 都会の喧騒から1時(いっとき)逃れる場所としてならばアリだと思うけど、ここに住む事になったらと想像すると、吉幾三の歌が聞こえて来てしまう。

 そんな風に失礼極まりない事を考えていると、ヒカルくんが足を止めた。 


「この辺りだよ。ほら、あそこ!」

「どこどこ?」


 ヒカルくんが指差した先を見てみると、そこにはクワガタがわんさかいた。

 他にもカナブンや蝶もいる。


「カナブン、綺麗だねぇ!」

「それ、ハナムグリだよ」

「ハナムグリ?」

「うん。白い斑点があるでしょ? それがハナムグリで、斑点が無いのがカナブンなんだよ!」

「そうなんだ!? 物知りだね、ヒカルくん! すごーい!」

「へへっ!」


 まさに昆虫博士だ。得意げに胸を張るヒカルくんの頭を撫でていると、遠くで木の枝から枝へ飛びながら、飛行中のクワガタをゲットしている紗耶が見えた。


「あのお姉ちゃん、凄いね!?」

「わ、わたし達も負けてられないよ!」


 亜里沙に同意を求めようと振り向いたら、彼女は遠くでジッとしていた。

 どうして、ついて来ないんだろう?


 ◆


 わたしが紗耶のアクロバティックな動きに気を取られている間に、彼女は知らない子と仲良くなっていた。


「そんな事ある!?」


 やり取り自体は耳に入っていた。だけど、あまりにもテンポが良過ぎて割り込む余地がなかった。お手々まで繋いで、その姿はまるで家族のようだ。


「もうちょっと必要なやり取りあったよね!?」


 名前も大事だけど、どこから来たの? とか、何しに来たの? とか、どうして声を掛けたの? とか、一緒に虫採りを始める前に聞くべき事は色々あったと思う。

 あの子もあの子で知らない人とは関わってはいけないと親に教えられていないのだろうか? 女子高生だからと甘く見ているのだろうか? あまりにも迂闊過ぎる。世の中には危ない女子高生もいるのだ。

 ツッコミどころが多過ぎて頭を抱えていると、蘭子がヒカルくんを肩車し始めた。二人揃ってキャーキャー言いながらクワガタを採っている。


「……グスン」


 誰とでも直ぐに打ち解け合って仲良く出来るのは彼女の美点だと思う。

 でも、今はわたしと一緒にクワガタを採りに来ていた筈だ。

 紗耶の人外地味た動きにツッコミを入れつつ、のんびりと森の中を散策して、クワガタを捕まえたらハイタッチで喜び合う筈だった。


「わたしの友達なのに……」


 いきなり現れて、蘭子を取らないで欲しい。

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