第四話『依坐村』
駐車場から少し歩いた先には大きな鳥居があった。その鳥居の中心には『依坐村』と書かれた木札が張り付けられている。
鳥居を潜ると、その先には龍の石像があった。その周りにはたくさんの地蔵が並んでいる。
「ドラゴンだー!」
「かっこいい!」
わたしは不気味に感じたけれど、亜里沙と紗耶は大はしゃぎだ。
「あれ? 玉がないね」
「玉?」
「龍って、大抵玉を持ってるじゃん」
「そうなの?」
「そうなのだ!」
亜里沙の豆知識を聞きながら、わたしは龍を観察してみた。
よく見てみると、鱗模様が細かく刻まれている。鋭い牙の奥を覗き込んで見れば、なんと舌まであって、その奥には更に空洞が広がっている。
「凄く精巧な石像だね、これ」
「きっと、村の守り神とかなんじゃない?」
「山の名前も龍神山だもんね」
龍から地蔵に視線を移してみると、そちらにも細やかな装飾が施されていた。
遠目からだと分からなかったけれど、髪がある。それだけではなく、薄っすらと瞼や鼻腔などまでもが表現されていた。まるで、本物の人間が石化させられたかのようなリアルさだ。
「これ作った人、相当な凝り性なんだろうね」
「うわっ、細かぁ……」
「写真撮っとこ」
わたし達は折角だから地蔵や龍と一緒に写真を撮った。
「お土産屋さんで龍のぬいぐるみとか売ってそうだね」
「お地蔵さんのぬいぐるみかもよ」
「龍のキグルミを着たお地蔵さんと見た!」
お土産屋さんで売っていそうなぬいぐるみを予想しながら道を更に進んでいくと、ようやく村が見えてきた。
「ここが依坐村かぁ」
「なんか、独特な雰囲気の村だね」
「何ていうか、昭和ちっく?」
紗耶の言葉にわたしと亜里沙はウンウンと頷いた。
わたし達がこの村に抱いた第一印象はまさしくソレだった。
全体的に木造の建物が多く、どの家の屋根にも瓦が敷かれている。商店の看板は大きい板にペンキで店名が書かれていて、何もかもが古めかしい。
「……宿、大丈夫だよね?」
「パ、パンフの写真だと良い感じだったわよ?」
「フォトショ使った説ある……?」
とりあえず、わたし達はチェックインを済ませてしまう事にした。
地図によれば、宿は村の南側にあるようだ。あのエメラルドグリーンの湖が一望出来るらしい。
「あんまり人がいないね」
宿に向かって歩いていると、亜里沙がポツリと呟いた。それはわたしも思っていた事だ。
真っ昼間なのに人の気配を感じない。
かなり不安になって来た。
「宿に着いたら、そこには廃墟が広がっていたりして……」
「や、やめてよ、縁起でもない……」
しばらく歩いているとワカタケチャンネルの二人と写真を撮っていたパパさんがいた。
一瞬、この村の住民かと思った。この昭和チックな風景に彼はバッチリと溶け込んでいる。
「じゅ、樹里! どうして、家に悟くんがいるんだ!? え? 旅行費用を二人で出し合ったから? そ、そうなのかい? いや、どうして悟くんが!? そ、そんなにお世話したかなぁ?」
彼は電話で娘さんと話しているようだ。
「樹里ちゃんと悟くんが密会する為にパパさんを旅行に行かせたに一票」
ボーイフレンドと二人っきりの時間を過ごす為の冴えたやり方だ。参考にしよう。
「信じて送り出したパパから送られてくる寝取られ写真かぁ……」
「寝取られ?」
「亜里沙?」
亜里沙はプククと頬を膨らませながら笑っている。ちょっと不気味だ。
「あっ、ワカタケチャンネルだ」
紗耶が古めかしいお菓子屋さんの前で撮影しているワカタケチャンネルを発見した。
「皆さん、こういうお店をご存知でしょうか? そう、駄菓子屋です!」
駄菓子屋さん。実際に見るのは初めてだけど、テレビの特集で見た事がある。
「後で行ってみようよ」
「うん」
「ますます昭和チック」
撮影の邪魔をしないようにわたし達はそそくさと駄菓子屋さんの前を離れた。
宿が近くなって来たからか、バスの中で見た人をチラホラと見かけるようになって来た。
「ね、ねぇ、ここって大丈夫なの?」
「大丈夫さ……、うん。大丈夫……、きっと……」
「すごく不安だわ……」
物音一つしない家を眺めながら、20代くらいのカップルが不安そうに囁き合っている。
その近くに奇妙な円柱型のオブジェがあった。
「これ何だろう?」
「何って、ポストでしょ?」
「これ、ポスト!?」
カップルの男性は目を丸くしている。わたしも驚いた。
「わたし達、タイムスリップしちゃったのかな?」
「何度か潜ったトンネルの一つがタイムトンネルだったとか?」
「なにそれ?」
「知らない? アメリカの映画なんだけど」
男性はかなりのSFファンらしい。タイムトラベルについて、饒舌に語り出した。
どうやら、夢中になると周りが見えなくなるタイプらしい。彼には恋人の呆れ切った表情が見えていないようだ。だけど、いつもの事なのだろう。女性はやれやれといった様子で笑顔を浮かべた。
彼らの横を通り過ぎると、四人の男子高校生のグループがいた。
「なあなあ、後でクワガタ採りに行こうぜ!」
「湖のスケッチに行きたいなぁ」
「それより観光名所を回ろうぜ! 神社があるみたいだ!」
「それぞれバラバラに動いても良いんじゃね?」
「一人で虫採りに行けと!?」
「観光名所に一人で!?」
クラスの男子と似たような会話を繰り広げてる。
更に進んでいくと大きいリュックサックを背負った女の子がいた。
わたし達と同じくらいの歳に見える。
「うーん……」
「どうしたの?」
困っている様子だったから、声を掛ける事にした。
「え?」
「何か困ってるの?」
「えっと……」
「ちょっと、蘭子! いきなり初対面の相手にグイグイ行くのやめなって!」
「でも、困ってるなら放っておけないよ」
亜里沙と紗耶は呆れたように肩を竦めた。だけど、見て見ぬふりは出来ない。
「迷惑じゃなければ、話を聞かせてくれる?」
「……えっと、人を探してるの」
「人を? はぐれちゃったの?」
「そうじゃなくて……、その……」
彼女は何かを言い淀んでいる様子だ。
「……ううん、何でも無い。大丈夫」
「でも……」
「蘭子。あんまり突っ込み過ぎると迷惑だよ」
亜里沙の言う通り、彼女は迷惑そうな表情を浮かべている。
「……ごめんね。でも、手を借りたくなったらいつでも言ってね」
「うん。ありがとう」
わたしは後ろ髪を引かれる思いで彼女の下を離れた。
「大丈夫かな?」
「そっとしておいてあげなよ」
「そうそう。ほんとに困り果ててたら向こうから頼みに来るでしょ」
「そうかな……」
リュックサックの子はしきりに辺りを見回している。探し人が早く見つかる事を祈りながら、わたしは彼女から視線を外した。
その次に居たのはロングコートを来た男の人だった。何だかパットしない風貌だ。頭はボサボサだし、無精髭も伸ばしっぱなし。コートにも汚れが目立っている。
「……なあ、ちょっと」
「え?」
彼はわたし達に声を掛けて来た。さっきとは反対のパターンだ。
「なんですか?」
「君達、この村の事は何処で知ったんだ?」
「どこでって……、どこだっけ?」
わたしは旅行の発案者である亜里沙を見た。
「ネットだけど?」
「ネットで? どうやって?」
「え? おじさん、ネット使った事ないの? 普通に調べれば出て来るよ」
「なら、調べてみてくれないか?」
「はぁ?」
困惑しながらも、亜里沙は律儀にスマホを取り出した。
依坐村と検索すると、村の観光案内サイトが表示された。
「出たよ、おじさん」
もう十分でしょとばかりに亜里沙はさっさとスマホを仕舞った。
「二人共、行こう」
「う、うん」
「はーい」
怪しい人には近寄らない。わたし達は学校の先生達が口を揃えて言う注意文句に従う事にした。
「……依坐村。その名前以外でそのサイトにたどり着く方法を俺は見つけられないんだ」
足が止まりかけた。だけど、亜里沙が「無視無視」と囁きながらわたしの手を引っ張った。
「構って欲しいだけでしょ、スケベオヤジ」
亜里沙の言葉に紗耶もうんうんと頷いている。
「見つけられないって言うなら、アンタはどうやって来たんだよって話じゃん」
「そうそう」
言われてみると確かに妙だ。わたし達はそそくさと彼の下を離れた。
しばらく歩いていると漸く宿が見えて来た。
「おっ、写真通りじゃーん!」
「ほんとだ!」
「良かったー!」
不安は杞憂だった。そこには写真通りの立派な旅館が建っていた。