第三話『ワカタケチャンネル』
バスが停まったのは小高い丘にある駐車場だった。わたし達は急いで荷物を纏めて飛び降りた。そして、雲一つない紺碧の空を見上げ、青々と草木が生い茂る山々を見つめ、エメラルドグリーンの湖を見下ろし、三人揃って歓声を上げた。
「とうちゃーく!」
「遠かったー!」
「は、吐きそう……」
訂正。約一名は未だにグロッキー状態だ。慌てて降りたのも紗耶に外の空気を吸わせてあげる為だった。わたしは近くにベンチを見つけて、そこに紗耶を座らせた。
「紗耶って、こんなに乗り物酔いするタイプだったっけ?」
「漫画を読んでたからだよ」
「……だって、先が気になっちゃたんだもん」
紗耶が読んでいたのは宇宙を旅する少年少女の冒険譚を描いた漫画だった。帯にはアニメ化決定の文字もあり、世間的にもかなり人気のある作品だ。
「紗耶って、本当にSFが好きよね」
「映画見ようって言ったら、いっつもバック・トゥー・ザ・フューチャー再生しようとするもんね」
「バック・トゥー・ザ・フューチャーは何度見ても傑作でしょ!」
「傑作だけど、一年に一回くらいのペースで十分だよ」
「わたし、もうセリフを暗唱出来ちゃうんだけど……」
「ブーブー!」
紗耶はブーイング出来るくらいには回復したようだ。
安堵していると、バスから他の乗客達も降りて来た。
「やーっと着いたわね」
「腰が……」
「おお、あれが龍神湖か!」
彼らも長時間の移動にウンザリしていたようだ。思い思いに体を伸ばしている。バスに乗り込む時にも思った事だけど、結構多い。
依坐村なんて、わたしは初めて聞いたけど、思ったよりも有名な観光スポットらしい。
その中で、二人の青年だけが元気いっぱいの様子で湖を一望出来るベストポジションに陣取った。そして、片割れの青年が鞄からカメラを取り出した。
「タケッ! しっかり撮っとけよ!」
「おう!」
「どうも! ワカタケチャンネルのワカです! 今回は激安! なんと、二泊三日で一万円のパック旅行に参加してみたぁぁぁぁ!」
どうやら、最近流行りのユーチューバーらしい。
「ほら、見て下さい! あのエメラルドグリーンの湖! あれが今回の旅の目玉でございます!」
ワカが湖に手を差し伸ばすと、タケが湖にカメラを向けた。
「あの湖はりゅうたまこって名前なんですよ。たまこちゃん、綺麗だねぇ! え? 違う!? 失礼しました! 龍玉湖ですね。うん、かっこいい!」
蘭子達はワカの喋りについつい聞き耳を立ててしまった。見た目はゴリラのようだけど、声がとってもカッコいい。ハキハキしていて聞きやすく、喋り方も面白い。他の乗客達も興味深げに彼らを見ている。
「え? 飛び込んで来い!? いやいやいやいや、無理無理無理無理。あれね! 綺麗だけど……、綺麗なんだけど……、めちゃくちゃ危険ですからね!」
誰かと会話をしているかのようだ。
きっと、視聴者の反応を想定して、一人芝居を打っているのだろう。
ユーチューバーの撮影の裏側を垣間見る事が出来て、なんだか楽しい。
「実はですね、あの湖の底は火口なんですよ。火口湖って言って、火口に水が溜まって出来た湖なんですよ。そんで、火山は常にガスを発生させてるわけですよ。そのガスが湖の水に溶け込んでいるせいで、あの湖、酸の塊みたいになってるんですよ。だから、近づくだけでもあの世行き! まあ、だから綺麗なんですけどね!」
勉強になる。まったく知らなかった。蘭子達はもっとよく聞こうと彼らの近くへ行った。
「え? いい加減、お前が今いる場所が何処なのか言えって? あれ? 言ってなかったっけ……? 言ってない? 失礼致しました! 今回、ボクとタケがやって来たのは――――」
急に黙ってしまった。
「ヨシッ! オッケー!」
タケがカメラを下ろした。
どうやら、撮影が一段落したようだ。きっと、動画では今の部分からタイトルやオープニングに繋がっていくのだろう。わたし達は彼らに拍手を送った。
「どうも、うるさくしちゃってすみません! 僕ら、ユーチューバーなもんで、いろんな所で撮影してると思うんで、生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです!」
「チャンネル登録してもらえると更に嬉しいです!」
そう言って、タケがユーチューブのアドレスやQRコードが描いてあるフリップを取り出した。
わたしはスマホを取り出して、ワカタケチャンネルを検索してみた。
どうやら、色々なジャンルの動画を出しているみたいで、旅行の動画やウィザード・ブレイブの動画もあった。そのサムネイルの画像には見覚えのある女の子のイラストが映し出されている。
「とりあえず、登録っと」
「あっ、登録してくれました!? ありがとうございます!」
「あっ、そちらの方も! ありがとうございます!」
乗客の大半がチャンネル登録をしてくれたようだ。真面目そうな老年の男性に至っては、彼らと写真撮影までしていた。
「ありがとう。娘に自慢が出来そうだ」
「あっ、折角なら動画も取りますか? イェーイ、娘さん、見てる!?」
「おいバカやめろ!」
何故か、タケがワカに突っ込んだ。そして、隣で亜里沙が吹き出した。
「えっ、どうしたの?」
「いやだって、今の……、ズルいって、今のは……ププッ」
困惑しているのはわたしだけではなかった。だけど、他にも肩を震わせている人がいる。
分かる人には分かるギャグだったようだ。ちなみに、パパさんは分かる方だった。
「娘に送っておこう」
吹き出しそうな表情で彼はスマホを操作している。
「ちょまっ! 娘さんがビックリしちゃいますよ!?」
「娘さん。僕、これからパパさんと一緒の場所で寝るんだぜ」
「一緒の宿でな! お前、それ送るなよ!?」
ネタの意味はよく分からないけれど、それでも見ていて飽きる事がない。
わたし達はしばらく彼らの寸劇を見守っていた。
◆
しばらくして、一部の人が宿に向かって動き出した。ワカタケチャンネルの二人もパパさんとの寸劇を切り上げて、宿に向かう道中の撮影を始めた。
「それにしても、綺麗だねぇ」
大体の人が移動した後、わたし達はワカタケが陣取っていたベストポジションからエメラルドグリーンの湖を見た。その美しさは見ているだけで心が癒やされる。
「もっと近くで見たいよねー」
「いや、近づくだけでアウトって、ワカが言ってたじゃん」
亜里沙の言葉に突っ込みつつも、正直に言えば、わたしも同感だった。
あの美しい光景をもっと近くで見てみたい。
危険だと分かっていてもそう思わせるのだから、まさに魔性の湖だ。
「そろそろ移動しようよ」
未練を断ち切る為にわたしは湖に背を向けた。
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
気が付けば、残っていたのはわたし達だけだった。
乗って来たバスもいなくなっていた。
「今更ながらにワクワクしてきたね」
「考えてみると、三人だけで旅行に来るの初めてだもんね!」
「とりあえず、カブトムシ採りに行こうよ!」
少年の心を宿した紗耶の提案にわたしと亜里沙はオーケーと親指を立てた。
虫採りなんて久しぶりだし、楽しそうだ。