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第二話『サプライズプレゼント』

 窓の外には田園風景が続いている。最初は物珍しさを感じてワクワクしたものだけど、それが二時間も続けばさすがに飽きてしまう。前の席に座っている亜里沙はとっくに夢の世界に意識を飛ばしてしまっているし、漫画を読んでいて酔ってしまった紗耶は紙袋を握りしめながら唸り声を上げ続けている。


「大丈夫?」

「だいじょばない……」


 だから、あれほど漫画を読むのは()めとけと言ったのだ。わたしはスマートフォンを取り出して、マップアプリを起動した。目的地までの距離と時間を調べてみると、まだ二時間以上も掛かるらしい。

 今度は検索アプリで乗り物酔いの対処法を調べてみたけれど、ベルトを緩めろだとか、遠くの景色を見ろだとか、書いてあるのは当たり前の事ばかり。つまりはお手上げという事だ。

 わたしは仕方なく、紗耶の背中を擦りながら代わり映えのない風景に視線を戻した。そして、ボーっと風景を眺めていると、二人がわたしの所に今回の旅行の話を持って来た時の光景が浮かんで来た。


 ◆


 その日、三上亜里沙は通帳と睨み合っていた。

 そこには週二回のアルバイトで貯めた貯金が入っている。


「……さらば、ベースギター」


 亜里沙は密かに野望を抱いていた。蘭子や紗耶を巻き込んで、ガールズバンドを結成するというものだ。これはその為の貯金だった。楽器屋にあった初心者用のベース入門セットを買う為に彼女は汗水を垂らして頑張っていた。

 その貯金を切り崩す決意を固めたのは、蘭子の為だった。

 彼女はほんの一月程前に最愛の弟を失い、付き合い始めるまで秒読み段階に入っていたボーイフレンドまで失った。何とか学校に登校するようになったけれど、心の傷が癒えたわけではない。

 気丈に振る舞っていても、内心では苦しんでいる事が明白だった。

 彼女を元気にしてあげたい。力になってあげたい。その為に出来る事を必死に考えた結果、亜里沙は彼女を旅行に連れて行く事にした。

 紗耶とも話がついている。彼女も今頃、通帳の中身に別れを告げている筈だ。

 

「遅い!」

「アイタッ!?」


 いきなり頭を叩かれた。


「何すんのよ!?」

「お金下ろすだけでどんだけ時間掛けてんのよ!」

「叩く事ないじゃん! 暴力反対!」


 紗耶に睨まれて、亜里沙は後ろ髪を引かれながら、通帳の中のお金を全額引き出した。


「そもそも提案したのは亜里沙でしょ」

「それはそうだけどぉ……」


 紗耶は呆れたように肩を竦めた。


「蘭子に元気を出させる! それ以上に大事な事でもあるの?」

「無いよ! 無いけど、諭吉がわたしのポニテを引っ張ってくるの!」


 亜里沙は自分のポニーテールを掴んで振り回した。


「諭吉って……」


 紗耶は自分が引き出した一万円札を見た。

 そこには渋沢栄一の威厳たっぷりな顔があった。


「まあ、いいけどさ。とりあえず、申込みに行くよ」

「はーい」

「ちなみに予算足りそう?」

「わたし、三万だけど、紗耶は?」

「ごめん。グローブ買い替えたばっかで二万しかなかった……」

「合計五万円……。い、いけるでしょ!」


 五人の渋沢栄一。高校生にとって、彼らとの別れはあまりにも辛く厳しいものだ。けれど、蘭子の笑顔の為ならばと二人は彼らに別れを告げた。

 銀行を出て、()ぐの所にある旅行代理店に入ると、亜里沙はラックに刺さっているパンフレット類には目もくれず、デスクから笑顔で「いらっしゃいませ!」と言ってくれた女性店員の下へ向かって行った。一直線に勢いよく向かって来る亜里沙に女性店員は若干たじろいだ。

 

「あ、あの!」

「は、はい!」

「予算五万円で、高校生三人で、自然がいっぱいあって心が癒やされる場所に行きたいんです。出来れば温泉があって、泊まる場所も綺麗な場所が良くて、二泊三日くらいが良いんですけど、ありますか!?」

「……は、はい。少々お待ち下さい」


 女性店員はデスクの脇にあるパソコンを操作し始めた。


「予算五万円で、高校生三人で、温泉あり、二泊三日を御希望でよろしかったでしょうか?」

「はい! 自然がいっぱいの場所でお願いします!」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 女性店員はデスクを離れた。どこに行くのかと思えば、印刷機の前で立ち止まった。

 やきもきしながら待っていると、別の女性店員の人がお茶を運んで来てくれた。


「お茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 亜里沙と紗耶はお茶を一口で飲み切った。二人共、初めての場所で緊張しているのだ。

 その様子にお茶を運んで来てくれた女性店員はクスクスと笑い、おかわりを持って来てくれた。今度はちびちび飲んでいると、最初の女性店員が戻って来た。


「お待たせ致しました。御予算の範囲ですと、こちらのツアーなどはいかがでしょうか?」


 どれどれと見てみると、そこには南国のような風景が広がっていた。


「え? 沖縄!?」

「いえ、沖縄ではありません。こう見えても東京都なんです」

「東京!? ウソでしょ!?」

「だって、海がメチャクチャ綺麗だよ!?」

「式根島と言いまして、透明度の高い海を泳げると人気があります。こちらは期間限定の格安のツアーなども企画されておりまして、お客様の御要望にも添えるかと」


 二人はワクワクしながらパンフレットの写真を眺めた。


「このツアーが良いです!」

「決定決定!」

「ありがとうございます。では、契約について説明させて頂きます。お客様は学生様でいらっしゃられますので、保護者様の同意書が必要となります」

「え?」

「へ?」


 亜里沙と紗耶は店を出た。その手には契約の為の書類一式とパンフレットがある。

 保護者の同意書と一緒に持って来れば、改めて契約をしてくれるらしい。

 ただ、問題があった。


「それだとサプライズにならないじゃん!」

「計画を知ったら、蘭子も自分でお金払うとか言い出しちゃうじゃん!」


 この旅行は蘭子へのサプライズプレゼントでなければいけない。

 どうしたものかと困ってしまい、二人はウンウンと唸り声を上げた。


「あの、よろしいでしょうか?」

「え?」

「はい?」


 急に声を掛けられて、二人はキョトンとしながら振り向いた。

 そこにはビシッと背広を着たビジネスマンがいた。


「急に声を掛けてしまい、申し訳ございません。わたくし、こういう者です」


 そう言って、彼は微笑みながら二人に名刺を差し出してきた。


「……は、はい」


 紗耶は頬を赤く染めながら名刺を受け取った。

 その男は爽やかなイケメンだった。

 紗耶は爽やかイケメンが好みだった。

 

「えっと、旅行アドバイザー、皆川誠司?」

「はい。私はお客様の御要望に沿った旅行計画をコーディネイトするアドバイザーをしている者です。どうやら、お困りの様子とお見受けしまして、お力になれるのではないかとお声掛けさせて頂きました」

「はぁ……」


 亜里沙は戸惑いながら名刺に視線を落とした。怪しい感じはしない。


「皆川さんはこのお店の人なんですか?」

「いえ、その……、実は違います」

「え?」

「私はいわゆるフリーランスで仕事をしておりまして、代理店では希望に添えなかったお客様にこうして営業を掛けさせて頂いております」

「なるほど」


 皆川は少し恥じるように笑みを浮かべている。

 時々、SNSで営業の大変さを語るアカウントがバズる事がある。見知らぬ通行人と名刺交換をしなければいけない新入社員の話なども耳にした事がある。

 彼も大変なのだろう。亜里沙は少し同情した。


「わたし達、友達にサプライズで旅行をプレゼントしたいんです。でも、未成年は親の同意書が必要って言われちゃって……」

「ああ、パックツアーとなるとそうなりますね……」


 皆川にも解決は難しいようだ。期待していたわけではないけれど、追い打ちを掛けられたみたいで溜息が出る。


「ですが、計画の立案だけならお力添えが出来るかもしれません」

「え?」

「どういう事ですか?」

「つまり、ツアーではなく、個人旅行のプランを作成するという形での御助力になります」

「それって、いくらくらい掛かるんですか?」


 個人旅行のプランなら自分達だけで考える事も出来そうだと考え、折角の提案だけど亜里沙は断ろうと思った。限りある予算は出来るだけ節約しなければならない。


「ああ、お代は結構です。そこまで大した事が出来るわけではないので……」

「え? でも……」

「お声掛けをしておきながら、御期待に添える事が出来ませんでしたから、これは罪滅ぼしと思って下さい。ただ、もし立案した計画に御満足頂けましたら、次回以降の御旅行の際、私の名刺に御連絡を頂ければ、素晴らしいツアーを御用意させて頂きたく存じます」

「はい!」

「もちろんです!」


 無料(タダ)となると話は別だ。彼の口振りからすると、これも営業の一環であるようだし、ここは信じてみる事にしようと亜里沙は思った。紗耶も乗り気だ。

 立ち話も何だからと近くのカフェテリアへ移動して、そこで彼が二人にカプチーノを奢ってくれた事もプラスポイントだった。爽やかイケメンのナイスなエスコートに紗耶の目はハート状態だ。

 二人が旅行の要望を話すと、皆川は鞄からノートパソコンを取り出すと、マウスも使わずにブラインドタッチで操作し始めた。そんな所にも紗耶はグッと来ている。彼女は密かに彼の名刺を自分のハンカチで包んでポケットに仕舞った。

 

「ここはどうですか?」


 そう言って、彼はパソコンのモニター部分を根本の部分を軸に回転させた。予想外の変形機構に亜里沙は少しテンションが上がった。


「綺麗!」


 紗耶が歓声を上げた。どれどれと亜里沙もモニターを覗き込んでみると、そこにはエメラルドグリーンの湖の写真があった。


「ここ、どこですか?」

依坐村(よりましむら)という所です」

「よ、よりまし……?」

「より、マシなとこ?」


 紗耶の口から自然と溢れた親父ギャグに皆川は肩を震わせた。


「ここ蛹内(ゆない)市から県を二つも跨いだ先にある龍神山(りゅうじんさん)という山の山頂近くにある村です」

「山の上ある村!?」

「そんなのあるの!?」

「天界の村とも言いまして、こういう村は日本中に点在しているんですよ。御覧の通り、風光明媚な場所です。宿代は二泊三日食事付きで、お一人様一万円ピッタリとなっております」

「一万円!? 二泊三日食事付きで!?」

「やすっ!?」


 移動には長距離バスを使う事になるようだ。その分を足しても四万円だった。


「ちなみに宿ってどんな感じですか?」

「宿はこちらになります」


 さすがにホテルでは無かったけれど、宿は綺麗な旅館のようだ。

 内装も実に洗練されている。ここに泊まるだけでも諭吉が何人も旅立っていきそうだと亜里沙は思った。


「なんで、こんなに安いんですか!?」

「そんなのどうでもいいじゃん! これなら蘭子も元気でるっしょ!」

「それもそっか! これに決めます!」

「では、予約の仕方などについて説明しますね。ちなみに安い理由は村興しの一環で助成金などが出ている為ですよ」

「なるほどー!」

「助成金最高!」


 そうして皆川にコーディネイトして貰った通りに予約を行い、二人は無事に旅行計画を立てる事が出来た。

 銀行でバス会社や旅館への支払いを終えると、二人はその足で蘭子の家に突撃した。


「蘭子、旅行に行くよ!」

「もう、お金も振込済みよ!」

「はい!?」

「問答無用! 買い出し行くよ!」

「浮いたお金でおそろのパジャマ買わない?」

「おっ、いいねぇ!」

「浮いたお金って何!? え? 旅行って、いくらの!?」

「いいからいいから!」

「レッツゴー!」

「説明しろぉぉぉぉぉ!」


 ◆


 まだ、四十九日も終えていないのに、二人と居るとわたしは元気いっぱいになれてしまう。

 登校するまでは『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』スタイルで待ってくれていたのに、登校してからはすっかり『鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス』スタイルだ。

 全身全霊で『元気になれ!』、『立ち直れ!』、『笑顔を見せろ!』と情け容赦のないプレッシャーを掛け続けてくる親友達にわたしは抗う術を持たなかった。だって、嬉しかったからだ。


「ぅぅぅぅ……、ぎぼじわるい……」

「よしよし」


 わたしはひたすら紗耶の背中を擦り続けた。

 バスの風景が変わり始めた。標識には『龍神山』の文字が見えた。あと少しで目的に到着らしい。


「あとちょっとだよ」

「ぅぅぅぅぅ……」

「グースカピー」

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