二話 最強の女魔法使い
クロからラムダの魔力が消滅した事を聞き、俺とクロは全速力でラムダのいた場所を目指していた。俺達がいた場所からラムダのいる所までは普通に歩けば十数分かかるが、全力で走れば数分で着く。
俺は、まだ混乱している頭の不安を振り払うように全力で地を蹴る。それでも、頭をよぎっている不安や疑問はどんどん増えてくる。
一体誰が?
目的はなんだ?
ラムダを倒したって事は、どんだけ強いんだ?
そう、頭の中で色々考えているうちに、目的地に到着した。
俺は、ゆっくり息を整えながら慎重に辺りを見渡してみた。辺り一面には土煙が舞っており、広範囲で地面は抉れ木々は倒れ燃えていて、ここで大きな戦闘があった事は一目瞭然だった。
そして昨日までこの場所の中央に存在していたあの魔竜の姿が跡形もなく消えていた。まるで、最初から存在していなかったかのように。
「一体、何がどうなってるんだ?」
俺は、ただ茫然とこの状況を見ている事しか出来なかった。
すると、クロが突然声を上げた。
「カシュ! 隠れろ。前に誰かいる!」
言われた瞬間、とっさに近くにあった茂みに体を隠した。そして、茂みの隙間から前方を確認する。
土煙が舞っていて視認しづらいが、うっすらと人影のようなものが見える。しかも二つ。
「あれは……。人間か?」
「おそらく。でも、なんでこんな所に人間がいるんだろ?」
俺もクロも同じ疑問を抱いていた。それは、そう思っても仕方ないのだ。
俺は生まれてこの方、この森で人間を見た事がない。もっと言えば人間はおろかその他の種族も一度だって見た事がない。この森には、俺とクロにばあちゃん、それに動物や魔物しかいない。俺ら以外の種族がいることが異常事態なのだ。
「何か目的でもあるのか?
……ん?」
瞬間、目の前に突風が吹き土煙が消え、前方にいる二人の姿があらわになった。
二人はどちらも女だ。
一人は銀髪のショートカットで青色の簡素な旅服を着ている。 もう一人は、黒髪を腰まで伸ばしており黒と白を基調とした見たことのない可愛いらしい服を見に纏っている。
「あいつらがラムダを……」
本当に倒したのか? 全然強そうに見えないが。もしかすると他にも仲間がいるかもしれない。
奴らに気づかれないよう注意深く観察していると、奴らの周囲に忍び寄る影が見えた。
あれは……。――狩犬か! なんでここに? しかも……八匹も!
狩犬…… 常に群れで行動し、狙った獲物は確実に仕留める魔獣。相手の強さに応じて襲う数を変える為、数が多いほど相手は強い。俺も一度だけ襲われた事があるが、たった二匹に半殺しにされた。それが、八匹もいるなんてあの二人とんでもなく強いんだ。
二人も狩犬に囲まれている事に気づいたようだ。なんて言ってるかは聞こえないが、黒髪の方はすごい慌てて騒いでる様に見える。対して、銀髪の方は堂々とした佇まいで落ち着いている。全く同様してる様に見えない。
狩犬は四匹ずつ分かれて二人の周囲をぐるぐると円を描く様に回っている。
まず、二人の周りを最初の四匹が、次にその四匹の周りを残りが囲う様にしている。
あれじゃ逃げ場がない。どうやって切り抜ける?
だが、この考えは、次の瞬間には杞憂に終わった。
二人の周りを回っていた四匹の狩犬が同時に飛びかかった。しかし、奴らの鋭い牙と爪があの二人に届く事はなかった。狩犬が二人に近づいた瞬間、空中で動きが止まったのだ。まるで時間が止まった様に。
動きが止まったのを確認すると、銀髪の女が一歩前に出て腰から下げていた細身の剣を引き抜いた。瞬間、四匹の狩犬が細切れになっていた。
俺はあまりの衝撃に言葉を失った。一体何がおこったのか。どうやってやったのか。そんな事を考える暇もなく戦闘は一気に進んでいく。
銀髪の女が危険だと判断した残りの狩犬達は、身を寄せ合っていき、なんと合体して一体の巨大な獣になってしまった。
「ガァァァ!!」
身の毛もよだつ咆哮。大分距離があるにもかかわらず俺は、体が固まってしまって動かない。
一匹の巨大な狩犬は、雄叫びを上げながら猛スピードで、二人に突進していく。
ぶつかればひとたまりもない。 体が肉片になる。
だが、銀髪は逃げるそぶりもなく、固まって動けないわけでもなく、ただ冷静に相手を見つめている。
そして、スッと、細身の剣を構え狩犬に向けた。
その時、また"違和感"を感じた。何かは分からない。何が変かも分からないが、でもすごく妙な感じがした。
ドン
俺が意識を逸らした瞬間、勝負は決まっていた。
「――」
狩犬の首から下、つまり胴体にでかい穴が空いていた。見て分かる、即死だ。
狩犬はうめき声を上げる事なく、その場に崩れ落ちた。
「……すげぇ」
「……ああ。本当に強い。何者なんだ、あの人間」
狩犬を一撃で倒した彼女は、その死骸を一瞥する事なくもう一人の人間の方へ落ち着いた様子で歩いていった。
そして彼女達はその先にある一本の獣道に向かって歩き出していた。
(あの道は……。まずい!)
「クロ! まずいぞ、あいつら安息地に向かっちまう!」
安息地はこの森に住んでるほとんどの動物達がいる場所だ。あいつらが良い奴か悪い奴か分からないが、もし安息地で暴れられたら動物達は間違いなく死んでしまう。それだけは絶対に阻止する!
「あいつらを止めるぞクロ!」
「無茶だよ! ラムダや狩犬を倒すような奴らだよ!どうやって止めるのさ」
確かにクロの言う通りだ。あの二体ともに半殺しにされた俺があいつらに勝てるハズがない。でも、このまま黙ってる訳にはいかない。安息地にいる動物達はみんな大切な友達だ。みすみす無駄な危険に晒せるか!
「クロ、俺に付与魔法をありったけ掛けてくれ」
俺は、恐怖で震える体を奮い立たせ覚悟を決めクロにそう頼んだ。




