表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

5分前後でサクッと読めるやつ あれこれ

和菓子を与えた子が「先生、お礼参りに来たぜ」とやってきた

今回は笑いナシの作品です。

『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作です。テーマは「和菓子」。

 彼は所謂「クソガキ」であった。

 「ガキ大将」ならまだいい。子供達なりのルールの中で選ばれたリーダーなのだから。そうではなく他人の物を勝手に奪い、ルールは全て破り、子供にも大人にも暴力をふるう子だった。


 昔と違い、教師も体罰を恐れ子供に強くあたれない。多分、彼の家族以外で彼に拳骨を落としたのは私が最初だったのだろう。


 初めて彼を怒鳴りつけ、軽く小突いた時の事を今でも覚えている。まさか他人の私から暴力をふるわれるとは思っていなかった彼は一瞬ポカンとし、そのあと恥辱の為かみるみる内に顔が赤く染まった。


「クソババア、ぶっ殺す!」


 そう言っていた彼は大きくなって私の前に帰って来た。


「先生、お礼参りにきたぜ」

「そんなのいいのに」

「俺に恥をかかせる気か。許さねえぞ」


 彼は風呂敷包みを私に押し付ける。


「……貴方が?」

「おうよ」

「じゃあ茶室へ」

「いや、台所がいい」

「え?」

「昔みたいにさ。普通の緑茶を淹れて飲もう」


 思わず微笑む。私は茶道の師範だった。だが彼を茶室に入れる事はなかった。それは彼の親が月謝を払う気など無いのがわかっていたからだ。


 いくら彼に同情しても、月謝を払う生徒さんと同じ扱いをしてはいけない。それはルール。昔の私は彼にこう言った。


「まず家に上がる前に靴を揃えて。その次は手洗いうがい! ちゃんと椅子に座る!」


 台所のテーブルで緑茶と和菓子を出すと、彼はコーラと駄菓子が欲しかったと言った。


「出されたものに文句をつけるな! いただきますを言え!」


 これらは全て礼儀だ。私は礼儀を守らない者に菓子を与えるほど甘くはない。嫌なら今すぐ帰れと告げた。逆に礼儀を守るなら、菓子は決して取り上げないという言葉を添えて。


 彼はふてくされつつも、いただきますと言って和菓子を食べた。


「え」

「どうしたの」

「何これ、美味しい……お茶も」

「そりゃあペットボトルの茶やスーパーの和菓子とは別物だからね」

「そうなの?」

「そう。知らなかったろう。世界は広いんだよ」


 私は自分の世界を彼に少し教えただけ。

 ルールを守るのは、周りの人と平和に過ごす為に必要な事だとか。きちんとルールや礼儀を守れば、相手側も誠実に対応してくれる事はあるのだとか。

 そんな事は当たり前なのに、それまで彼の周りはそうではなかったらしい。


「俺は先生がいなかったらクズになってたよ」


 和菓子職人になった彼の作品を緑茶と共に食す。

 美しい練りきりは、何故だか少しだけ塩味を感じた。


お読み頂き、ありがとうございました!


↓のランキングタグスペース(広告の更に下)に読み周りリンクや、「5分前後でサクッと読めるやつシリーズ」のリンクバナーを置いています。もしよろしければそちらもよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] スゴいい話ありがとうございます。
[良い点] 先生の厳しさと、自分に課したルールを守る姿勢がとてもかっこよく感じられました。 “彼”の和菓子はとても美味しそうですね。
[良い点] 冒頭のお礼参りという言葉に、何やら不穏な気配を感じてしまったのですが、真心からの御礼だったのですね。 長じて手製の和菓子を手に訪ねてきてくれるなんて……ほろりときちゃいます。 荒れた少年に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ