和菓子を与えた子が「先生、お礼参りに来たぜ」とやってきた
今回は笑いナシの作品です。
『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』応募作です。テーマは「和菓子」。
彼は所謂「クソガキ」であった。
「ガキ大将」ならまだいい。子供達なりのルールの中で選ばれたリーダーなのだから。そうではなく他人の物を勝手に奪い、ルールは全て破り、子供にも大人にも暴力をふるう子だった。
昔と違い、教師も体罰を恐れ子供に強くあたれない。多分、彼の家族以外で彼に拳骨を落としたのは私が最初だったのだろう。
初めて彼を怒鳴りつけ、軽く小突いた時の事を今でも覚えている。まさか他人の私から暴力をふるわれるとは思っていなかった彼は一瞬ポカンとし、そのあと恥辱の為かみるみる内に顔が赤く染まった。
「クソババア、ぶっ殺す!」
そう言っていた彼は大きくなって私の前に帰って来た。
「先生、お礼参りにきたぜ」
「そんなのいいのに」
「俺に恥をかかせる気か。許さねえぞ」
彼は風呂敷包みを私に押し付ける。
「……貴方が?」
「おうよ」
「じゃあ茶室へ」
「いや、台所がいい」
「え?」
「昔みたいにさ。普通の緑茶を淹れて飲もう」
思わず微笑む。私は茶道の師範だった。だが彼を茶室に入れる事はなかった。それは彼の親が月謝を払う気など無いのがわかっていたからだ。
いくら彼に同情しても、月謝を払う生徒さんと同じ扱いをしてはいけない。それはルール。昔の私は彼にこう言った。
「まず家に上がる前に靴を揃えて。その次は手洗いうがい! ちゃんと椅子に座る!」
台所のテーブルで緑茶と和菓子を出すと、彼はコーラと駄菓子が欲しかったと言った。
「出されたものに文句をつけるな! いただきますを言え!」
これらは全て礼儀だ。私は礼儀を守らない者に菓子を与えるほど甘くはない。嫌なら今すぐ帰れと告げた。逆に礼儀を守るなら、菓子は決して取り上げないという言葉を添えて。
彼はふてくされつつも、いただきますと言って和菓子を食べた。
「え」
「どうしたの」
「何これ、美味しい……お茶も」
「そりゃあペットボトルの茶やスーパーの和菓子とは別物だからね」
「そうなの?」
「そう。知らなかったろう。世界は広いんだよ」
私は自分の世界を彼に少し教えただけ。
ルールを守るのは、周りの人と平和に過ごす為に必要な事だとか。きちんとルールや礼儀を守れば、相手側も誠実に対応してくれる事はあるのだとか。
そんな事は当たり前なのに、それまで彼の周りはそうではなかったらしい。
「俺は先生がいなかったらクズになってたよ」
和菓子職人になった彼の作品を緑茶と共に食す。
美しい練りきりは、何故だか少しだけ塩味を感じた。
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