4話
「とりあえず、一旦仕切り治そう。このままじゃあ、俺はこの果てしない草原から出ることなく異世界生活を終えることになってしまう。セカンドライフと意気込んで草原で餓死……笑えなさすぎる」
歩きながら再度気合いを入れなおした。
このまま惰性で歩いてたんじゃ、いつまで経っても俺は草原からでることはできないだろう。そんなことになったらいくらなんでも俺の命が浮かばれない。しょうもない能力を貰って第二の人生を歩み始めた俺に速攻の終焉。誰がこんなゴミみたいなシナリオを書くって言うんだよ。あのじいさんだってもう少しまともだろう。
「なんだあれ?」
遠くのほうの空に、小さな飛翔体のようなものを発見した。
まだまだ遠いが、こちらのほうへゆっくりと近づいてきている……いや、遠いからゆっくりに見えるだけでこりゃすさまじい速度でこっちに迫ってきてるぞ。
「うわぁぁぁぁぁーー!!」
近づいてきてやっとこっちに向かっているものの正体がわかった。
アニメや漫画で見たことがあるドラゴンそのものだ。
大きな翼を揺らしながら高速で移動している。それもなぜかこっちに向かって。
このままじゃまずい。万が一にも俺の存在がドラゴンに知られちまったら、俺なんて瞬殺で殺されちまう。何て言ったって俺の能力は右手と左手を入れ替えるだけの何の役にも立たないゴミなんだぞ!!
サッと草原に伏せて、地面と一体となる。
今の俺は、草原に生えている草だ。草になりきっている。誰がどう見ようが草にしか見えないはずだ。
ドラゴンもこれなら俺の存在に気が付くことなく上空を通り過ぎていくことだろう。
確かに何か刺激みたいなものがあればとは思ったがこれはやりすぎだ。一瞬でゲームオーバーになるようなイベントはくそゲーの共通点だぞ。ましてや俺は人生がかかってるんだ。こんなわけのわからん草原でドラゴンに襲われるなんてまっぴらごめんだ。
「お願いだ。俺に気付かずに行ってくれぇ……」
俺は恐怖のあまり、地面に顔面をこすりつけながら祈る。
ドラゴンがどこに言ったのか見てないのでわからないが、俺に気が付くはずがない。大体、俺の方に飛んできたこと自体が偶然だろう。あの距離で俺のことを発見して飛んできたなんて信じられない。そんなこと目がいいなんて理由じゃ納得できないほどの理不尽だ。
「もう大丈夫だよな?」
恐る恐る顔を上げる。
彼方から迫ってきていたドラゴンはどこかへ消えたみたいだ。少なくとも俺のことを完璧にスルーして後方へ飛んで行ったんだろうな。どぉれ、後ろも確認しておこうかな。
「え? なんで?……」
ゆっくりと振り返り後ろを確認すると、なぜか上空で静止しているドラゴンの姿が視界に入った。
視界に入ったというよりも目があっている。ドラゴンも俺のことを見ているんだ。
「うそだろ? おいおい、冗談はやめてくれよ。なんで、俺のこと見てるんだよ。どうやって俺に気が付いたって言うんだよ!!」
俺の存在を観察するかのように動きもせず、こちらを見てくるドラゴンに俺は動揺を隠しきれなかった。
これで、俺に戦う力でもあれば状況は違ったかもしれない。でも、じいさんから貰った能力じゃ何もできない。この状況で右手と左手を入れ替えたところでドラゴンが驚いてどこかへ行くとも思えない。モンスター相手に手品みたいなことしたって意にも返さないに決まっている。
これは完全に詰みだ。俺のセカンドライフはここで終わりを告げるんだ。
ああ、こんなことなら異世界に転生なんてするんじゃなかった。これからどうなるんだ? ドラゴンに食われるのか? はたまた、ブレスで焼き尽くされるとか? どちらにせよ痛いんだろうなぁ。嫌だ!! 死にたくない!!
「どうせ死ぬんだったら最後まで抗ってやる!! くらえぇぇ!!」
俺は渾身の気合いを込め、右手と左手を入れ替えた。
しかし、特に何も起きなかった。
「ふざけんな!! やっぱりこんな能力じゃ異世界なんて生きていけるわけなかったんだよ。誰がどう考えてもわかるだろ!! ああ、死んだらあのじじい千回は殴ってやるからな」
少し違和感があった腕も既に元通りになっている。
この能力は効果時間もかなり短い。例え、1時間なんて効果時間でもまったく意味はなかったんだけど、5秒も持たないのってどうなの? この能力のどこに異世界を生きていける要素があるんだよ。
「グォォォォォ!!!」
上空のドラゴンが吠えた。
これだけでもすさまじい迫力だ。
そして、大きく開かれた口に燃え盛る炎が収束していく。
ああ、終わった。俺はあの炎に焼かれて死ぬんだ。はぁ、俺の手品にドラゴンは一切怯みもしなかったな。それもそうか、普通に見てても気が付くか怪しいレベルの地味さだもんな。もっと、俺の体が爆発とかでもしないとダメだったか。
そして、ドラゴンの口からブレスが放たれた。
ここら一帯が灰燼と化すような威力を秘めていることは一目瞭然だ。俺というゴミを消し去るのには明らかにオーバーキルだ。
「うぁぁぁぁーー!!」
目の前に迫るブレスが俺を包み込む瞬間、恐怖のあまり能力を発動させていた。
パシュン。
「え?」
俺を焼き尽くすはずだった炎が跡形もなく消えている。そして、俺の右手と左手が入れ替わっている。ど、どういうことだ?