【やり直し軍師SS-99】2人の軍師⑥
少しの間、重苦しい空気が会談の場を包む。
僕はその間、ルデクや帝国を快く思っていないであろうアーセル王の側近に注目していた。
彼らは目線をテーブルに落とし神妙な顔をしているけれど。どことなく、口元に笑みを浮かべているように見えなくもない。
待つこと四半刻ほど。確認に行った兵士が戻ってくると、アーセル王に耳打ち。
「何?」
眉根を寄せるアーセル王。ビッテガルドが「なんと?」と皆に伝えるように促す。
「隣国イングが軍事訓練を行なっていると。こちらに他意はない、と」
「軍事訓練、わざわざ今日?」
ビッテガルドがふんと鼻であしらう。
「イングの言い分では、元々予定されていた訓練であったそうだ。私がこの街に来ているのも知らなかったと言っている」
……茶番だなぁ。これだけの騒ぎになっていて知らないわけがない。
「ところで、その軍事訓練にはどれだけの兵が?」
僕が質問すると、アーセル王の眉間のシワが深くなった。
「見たかぎり、1万はいたそうだ」
「1万……」絶句するのはアーセル王の側近達の方。僕は質問を続ける。
「それで、アーセル王はどれだけの兵を、この街に?」
「……街の兵士を含めても、3500が良いところだ」
……最低でも5000位は連れてきていると思ったけれど、それは少し、不用意だなぁ。一斉に攻め込んできたら、中々厳しいことになる……かもしれない。
漂う気まずい空気を破ったのは、さきほどから何かと口出しをしてくる王の側近の一人。
「アーセル王。さして気にすることはございますまい。イングの方々も軍事訓練だと言っているのでしょう。こちらとは関係のないことです」
「オザルド、しかし大切な客人もいることだ」
「何、北の大陸のお客人はあくまでも友好の使者。まさか、たまたま訓練を行っているだけの隣国に、文句をつけるような筋合いはございますまい」
うんうん。オザルド君の言いたいことと、やりたいことがわかってきたぞ。
つまり、こちらが安易に戦うことができない事を承知の上で、アーセル王を脅そうという感じだね。
僕らがこのまま大人しく帰っても、隣国の兵はそのまま残り続ける。
ーー北の大陸の者たちなど。やはりいざとなれば役に立たない。本気で兵を出すつもりなどないーー
そんな風に言い立てる未来が見えるなぁ。かといって、僕らが挑発に乗って軍を上陸させれば、今度は「南の領土を侵略するつもりか!」とか言いそう。
実際問題として、自国領内で訓練中の相手には手を出しづらい。いや、もしかしたら僕らが軍を動かせば、僕らをまとめて討ち取る好機とばかりに攻め込んでくるかもしれないな。
うん。どちらかと言えばそれが狙いかも。僕らが討たれれば、アーセル王も追い込まれる。ルデクと帝国の怒りは買うが、元より望むところ。乱暴だけどそんな筋書きにも見える。
「……いや、しかし……」
先ほどのしっかりした雰囲気から打って変わり、アーセル王が迷いをみせ始めた。ああ、なるほど。こんな感じに優柔不断だからつけ込まれているのか。
さてどうしようかと考える僕の向こうで、ドランが再びゆっくりと口を開いた。
「私がフェザリス兵を2000程連れてきております。これで5500。一度兵を出し、威嚇されてはいかがですか」
「威嚇?」アーセル王が怪訝な顔をする。
「イングが知らなかったとはいえ、しかし国境付近でそのような大軍を展開するのは、アーセルに対して些か礼を失する行為。一歩間違えば侵略を企んでいると思われても仕方がない。そうではありませんか?」
「あ、ああ。そうだな」
「なればこちらも兵を出し、明確に警戒と不快であることを示すべきです。こちらが同じように兵を差し向ければ、自分たちがどれほど愚かな行為をしているか、馬鹿でもわかるかと」
ドランの言葉に「なに!」と怒気を込めたのはオザルド。
そんなオザルドに視線を移したドランは、穏やかな顔のまま不思議そうな声音を出す。
「はて? オザルド様がお怒りになられるような事を申し上げたつもりはございません? 何か失礼がございましたか?」と。
「ぐっ」
苦虫を噛み潰したような顔をするオザルド。しばしドランを睨んでから「失礼。なんでもない」と口をつぐむ。
「では、話を戻します。そのイングの間抜けな将にも分かるようにすると同時に、ここで兵を出すことは、北の大陸のお客人に対してもアーセルが信頼に値する国であるとお感じいただけると思います。ビッテガルド様、いかがですか?」
指名されたビッテガルドは大きく頷く。
「そうだな。分かりやすく貴国を信用できよう」
ビッテガルドの返事を確認したドランは、そのまま僕の方へ視線を向けた。
その何か言いたげな視線。
……さっきの耳打ちは、このためか。なら、希望通り、ドランの策に乗らせてもらおう。
「アーセル王、宜しいですか?」
「ああ」
「先ほどドラン殿はアーセルが我らへの信の証として兵を出すとおっしゃいました、ならば、我々も態度で示さねばならぬと思います」
「……どういうことか? ルデク兵を上陸させると?」
「”厳密”には、我々は友好の使者で、兵を出すことができません」
僕の言葉に、明らかに落胆するアーセル王。
「しかし、あくまで”個人的”に、このような礼を失する行為を許さぬ者がいれば、話は別ですね。ルデクも、グリードルも、義を重んじる国。義をもって個人として助力する分には、私にも止めようがございません」
言いながら僕は双子を見やる。すぐに意図を察する双子。
「アーセル王。ワタクシ、失礼な隣国には憤りを感じますわ」
「全く同感ですわ。ヲホホホ」
その変な笑い方は胡散臭くなるからやめなさい。
僕の言葉を聞いたビッテガルドも、
「全くだ! 我々は義理堅いからな」とこちらも豪快に笑う。
そんなやりとりを、ドランは涼やかな顔で静かに眺めていた。




