【やり直し軍師SS-98】2人の軍師⑤
「改めて此度の来訪を歓迎する。北国の盟主たる両国が、我が国に親善の使者を送ってきたのは、喜ばしいことだ」
アーセル王の挨拶から始まった会談は、比較的穏やかに滑り出す。
「グリードルも、そしてルデクも、貴国やフェザリスとは友好な関係を築きたいと思っている」
ビッデガルドの言葉。あえてフェザリスを強調すると、アーセル側の臣下が数名、小さく反応した。いずれも無表情を装っているが、おそらく敵対勢力側の陣営かな。
渦中のアーセル王妃や、アーセル王の実母である前王妃は会談に参加していない。この会談場所も影響しているのだろう。
僕らの訪れたスイストという港町は、アーセル領内の端に位置している。アーセルを代表する港町であるのに、なぜこのような場所にあるかといえば、単純に港に適した地形だからだ。
そしてこの港街の少し南はすでに別の国の領土。ちなみにアーセル王妃の実家である。王妃の実家の隣国から圧力を受けて、心を揺らしているのが今のアーセル王の現状だ。
「うむ。私も様々な面で付き合いを深めてゆきたいと思っている。両国は噂に違わぬ先進性を備えていることは、今回の軍船を見るだけでも良くわかる。あの船は一体なんなのだ?」
アーセル王の問いに答えるのは僕だ。
「あの船は風の力で進む新造船です。北の大陸でも我が国とグリードル、ゴルベルしか所有しておりません」
「ほう、風の力で」
「ええ。故に漕ぎ手の体力などを気にする必要はなく、また、ご覧いただいた通り、大型化も可能です」
「……それは素晴らしいな」
アーセル王はキャラック船がかなり気になるようだ。僕は商機とばかりに畳み掛ける。
「いずれ、当国の友好国には販売を開始する予定となっています。受注生産になりますので、時間はかかりますが」
「では、我が国に導入することもできるのだな?」
少し身を乗り出したアーセル王に、家臣の一人が横槍を入れる。先ほど反応した中の一人だ。
「王よ。あれらは大国ならではのお話。一隻作るのにいくら掛かるかも分かりませぬ。或いは法外な値段をふっかけられる恐れもございます」
おおう、中々の喧嘩腰だなぁ。その言いようだと、ルデクが悪辣な商売をしているみたいだぞ。
アーセル王は少し不快そうに眉根を寄せ、それでも僕へと価格を聞いてくる。
「……確かに、通常の船よりは値が張りますが、今後量産化が進めば価格も抑えられると思っています」
僕らとしても、ここで安売りはできない。ゴルベルの収入にも直結するからね。なので、横槍を入れた家臣は中々良い部分を突いてきたように思う。アーセル王の勢いが少し削がれた。
とはいえこちらもそのまま話題を畳むつもりはない。僕が言葉を続けようとすると、ビッテガルドが会話に加わってきた。
「アーセル王よ。キャラックに関しては我がグリードルも安くはない金を払ってルデクより購入しているが、はっきりいってこれは、買い得であると言えるのだ」
「何? 今しがた安くはないと言ったばかりであろう?」
「ああ。言った。だがキャラックが数隻あるだけで、貿易利益が飛躍的に向上する。キャラックは多くの物を運べるし、航行の安全性も段違いだ。投資分など数年経たずして回収できると見込んでいる」
「……なるほど」
アーセル王は再び考える素振りを見せ、横槍を入れた家臣は面白くなさそうに視線を落とす。流石にこれ以上は言い過ぎになると判断したようだ。まあ、さっきの発言でもそれなりだけどね。
それにしても、アーセル王自身は南の大陸やフェザリスとこのまま誼を通じていたいと考えて間違いなさそうだ。
にも関わらず強気に出られないのは、隣国の意を汲んだ家臣が思いの外多いということか。この調子だと、僕らが立ち去ったら再び家臣が騒ぎ出しそうだな。さて、どうするか。
その後も様々な意見交換は行われるけど、都度、家臣から場を白けさせる発言があり、僕はアーセルが中々に深刻な状況であると認識を改める。
中々きっかけが掴めないまま、時間的に会談が終焉に終わりそうになった頃。
それまでずっと黙して僕らのやりとりを見守っていたドランが、初めて口を開いた。
「ところでアーセル王、一つお伺いしたいことがございます」
「なんだ、ドランよ?」
「このスイストからさして離れていない場所に、兵を集めている者達がいるようですが、ご存じでいらっしゃいますか?」
「何? どこだ?」
「イング王国との国境沿いです」
「イングが兵を?」
「いえ、イングの兵かどうかはまだ、分かりません。ですがここには北の大陸より大切な使者がお越しになられている最中。確認をすべきかと思いますが、いかがでございますか?」
穏やかに、淡々とそのように話すドラン。
「そうだな。両国の使者に要らぬ誤解を与えたくはない。すぐに調べさせよう」
アーセル王が確認を命じるのを待って、ドランが続ける。
「では、両国のご使者様には申し訳ありませんが、アーセル王が二心なき事をはっきりさせるためにも、この場で結果をお待ち頂くのが最良かと存じます。アーセル王、ビッテガルド様、ロア様、宜しいでしょうか」
それぞれから了解をもらったドランは、腰を大きく折り曲げて礼をすると、ゆっくりと座って再び口を閉ざすのだった。




