【やり直し軍師SS-97】2人の軍師④
「少々脅かしが過ぎたか?」
一向に上陸許可がおりぬ状況に、ビッテガルドがわざわざルデクの旗艦までやってきて愚痴をこぼす。
「事前に知らせてあったのですけどね……」
ついてきたルルリアも流石に困った顔。
スイストの街の人々の気持ちも、分からなくはないからなぁ。こればかりはアーセル側でなんとか鎮静化を図ってもらうしかない。ま、それに……
「本来の目的からすれば、ちょうど良かったのではないのですか?」
ウィックハルトの言う通りだ。
当然騒ぎの中には各国の諜報の人間も多数混ざっているだろう。そして僕らの陣容を見て肝を冷やしたはず。やり過ぎ感はあるけれど、この時点で僕らの目的は半分達せられたようなもの。
「しかし、ここまで混乱が大きいと、上陸後の安全確保が些か不安ですね」
そのように嘆息するのは、ビッテガルドの側近、ラサーシャ。そしてもう一人、ラサーシャの言葉に大きく頷くフォルクという将。
僕にとってラピリアとウィックハルトのような存在だ。雰囲気としてはネルフィアとリュゼルに近いかな?
ちなみにこの2人の名前は僕も良く知っている。長く前線で戦っていたビッテガルドの腹心。リヴォーテ同様に有名人である。
ラピリアがルデクで戦姫と呼ばれているように、ラサーシャはグリードルの剣姫と讃えられる剣の達人。
剣技を磨くラピリアは、ラサーシャとの対面の際は挑戦的な視線を向けていたし、ラサーシャもそれを楽しげに見返していた。
フォルクのほうは、リヴォーテと双頭をなす切れ者と評判の人物。リヴォーテはちょっとアレだったけれど、こちらは噂に違わぬ冷静な雰囲気を纏っている。
「……どう致しますか? いっそこの船か、皇子の船で会談といたしますか?」
フォルクの提案は理にかなってはいる。けれど、
「いや、却下だな。この程度の混乱で、皇帝の息子は上陸もままならんのかと思われる」
「ビッテガルド殿に賛成ですね。ここは向こうの頑張りを待って、我々は堂々と上陸しましょう」
僕とビッテガルドの意見が一致したため。側近達はそれ以上の意見はやめた。実際問題として、僕もビッテガルドも護衛のカードは揃っているのだ。そう簡単に危機に陥ることはない。
結局、到着したその日には港の混乱が収まることはなく、翌日まで船の上で時間を潰すことになるのだった。
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ようやく上陸準備が整ったのは、翌日も昼を過ぎた頃のこと。
アーセルの兵士がずらりと並んで道を作り、鼠一匹通さぬ気構えを見せている。その中央を進むと、迎賓の館と思われる建物の前で出迎えが待っていた。
居並ぶ出迎えの中央にいるのは、僕よりも少し年上の男性。服装からして、この人物がアーセル王ではないかとあたりをつける。
「遠路はるばるご苦労である。アーセル王、モーメントが歓迎する」
予想通り、中央にいた人物がアーセルの王、モーメント。見た感じそれほど優柔不断なようには見えない。
出迎えの礼とともに挨拶を返し、ひとまず館の中へ。
「我々はこのまま外で、警護を」
屋敷の敷地内に足を踏み入れたところで、ネルフィアとササビーが離脱を宣言。同様に、ビッテガルドの配下も数名、外に残る。
別にアーセル王を信用していないわけではない。最低限の保険だ。比較的一般的な対応なので、アーセル王も特になにも言わない。
当のアーセル王は、ルルリアと親しげに会話を交わしながら先へと進んでゆく。ルルリアとは親戚関係であり、顔馴染みなのだろう。時折笑顔も見せていた。
そうして会談の準備のため、一旦控えの間に案内された僕ら。そしてついにその時が。
「ああ、ルルリア様。お久しぶりでございます」
ルルリアを見るなり立ち上がり、長身を折るようにして深く頭を下げる壮年の男性。
「ドラン。お久しぶりです。お元気ですか?」
フェザリスの名軍師、ドランの姿がそこにあった。
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「貴殿が、かのロア=シュタイン殿か。噂は南の大陸にも轟いております。お会いできて光栄です」
ドランは痩身でどこか頼り無さそうな人物だった。なるほど、見ようによっては覇気がないと捉えられてもおかしくはない。
実際にフェザリスにやってくる前は、その見た目の雰囲気によって閑職に甘んじていた経緯がある。
「僕も高名なドラン殿に会えたことはとても嬉しいです」
「高名などとはとてもとても……私の名など、ロア殿の側近の皆様、ウィックハルト殿やラピリア殿、ユイゼスト殿、メイゼスト殿にさえ届きませぬ」
事前に情報を仕入れていたのだろうけれど、即座にこの場にいる僕の側近の名を挙げてみせるドラン。続けて、ビッテガルドの側近達の名もさらりと続ける。
期待通りの御仁だな。僕はすこぶる楽しくなってきた。
このままドランとじっくり話をしたいところだけど、ひとまずは会談が先。紅茶を一杯飲み終わる前には、「準備ができました」と迎えの使者が。
移動のために、やおら立ち上がった僕ら。
そんな僕の元にすすすと近づいてきたドランが、少し体をかがめて僕に耳打ちする。
「どうも”外”が少々騒がしくなっております」
それだけ言うと、さっさと部屋を出てゆくドラン。
外……いくつかの可能性は考えられるけど……
「ドランはなんて?」
僕とドランのやり取りを見ていたラピリアが、また厄介ごと? という顔で僕を見る。
「まあ、双子の出番がないといいよね、って話」と、僕は陸に上がって大変元気になった双子を、頼もしく眺めるのだった。




