【やり直し軍師SS-96】2人の軍師③
「ロア、そしてノースヴェル殿。この度は世話になる」
正式に後継者に任命されたからだろうか? 皇帝の第一子ビッテガルドは、以前にもまして自信を漲らせている様に見えた。
「道中何事もありませんでした?」
僕は軽く答える。会うのは久しぶりだけど、帝国ではたびたび顔を合わせている相手だ。なんだかんだで比較的気安い関係を築けていた。ビッテガルドの性格は皇帝と近い。すなわちルルリアとも似通っているので、こちらとしても対応しやすい。
「ああ。順調そのものだ。そちらの準備は……もう十分の様だな」
「はい。いつでも出発できますけど、どうします?」
僕の問いに少し悩むビッテガルド。
「早い方が良いであろうが、今日の出発はやめておこう。構わないな? ルルリア?」
ビッテガルトに同行していたルルリアが
「はい。一日二日は問題ありません。絶品のポージュをご馳走しますとお約束しましたし」
というわけで、僕らは馴染みの裏通のお店に次期皇帝を連れて行くことになる。
ビッテガルトは大柄で、さらに偶々ルファと共に帰省中だったザックハート様も合流したものだから、お店の中は大変に狭苦しく感じたけれど、絶品のポージュに満足した様だったので良しとしよう。
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「ぐぬぬ」
「むむむ」
船の舳先で大人しくなっている双子。口からは揃って葉っぱが飛び出している。これはノースヴェルさんが用意してくれた酔い止め草。
そういえば、未来で船に乗った時にこんな葉っぱを咥えている人がいたなと思い出しながら、僕も試しに一つもらって咥えてみた。
……すっぱ苦い。うん。美味しいものではないなぁ。別に船酔いするタチではない僕には、あまり長く口の中に含んでいる気にはならないような代物だ。
結果的に双子は前回ほどひどい船酔いにはなっていないけれど、口も封じられて、ただただ海を眺めてしおらしくしている。
船は快調に進む。僕も新しく作ったキャラック船に乗るのは初めてだけど、従来の船より大きく、非常に安定している。特にこの旗艦はとても快適だ。
まだ全ての船がキャラックに切り替わってはいないので、手漕ぎの船の速度に合わせて減速するほどである。
「どうだ、良いだろう」
潮風を楽しんでいた僕らに、ノースヴェルさんがやってきて声をかけてきた。
「すごく良いですね」
「そうだろう、そうだろう!」
満足げに何度も頷いて、またどこかへ去って行くと、今度は髪をかきあげながらラピリアが聞いてくる。
「ロアは南の大陸には?」
「初めてだよ。”前回も”含めて」
そう、僕が南の大陸に降り立ったことは一度もない。かつての未来も含めてだ。
別に確固とした理由があったわけではなく、単にお金がなかったから。お金云々を抜きにしても、特に南の大陸へ渡る必要性も感じなかったし。
ちなみに僕の側近で、南の大陸に渡ったことがあるのはウィックハルトだけ。沿岸沿いに領地を持つ貴族のウィックハルトは、幼少の頃、旅行で足を伸ばしたことがあるという。
「あまり記憶には残っていませんが、子供ながらに不思議な体験だったと記憶していますね」
そんな風に表現するウィックハルト。
「楽しみね」
「そうだね」
旅行ではないけれど、のんびりした船旅を堪能しながら、着々と南の大陸へと近づいていった。
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その日、アーセルの海の玄関口であるスイストの港は大混乱に陥った。
海から軍船が大挙して押し寄せたのだ。いや、それ自体は事前に通達があったこと。本来であればここまでの混乱が起こることはなかったはず。
しかし、先頭を走る船全体を赤く塗った巨大な一隻と、漆黒に塗られた同じくらい大きな一隻を中心とした、見たことのない大型船が迫り来る様は、市民の恐怖を煽るに十分な効果を発揮した。
逃げる者、泣き出す者、武器を持ち出すもの。混乱の頂点に達したスイストは、慌てて兵士が鎮圧を試みるほどの状況に陥り、現れた僕らに対して一昼夜上陸を待ってもらうように頼みに来る程であった。
この一件は街から逃げ出した者達によって、周辺の町村に瞬く間に広まってゆき、今度は人々がその様子を一目見ようとスイストへと押し寄せてくる。
後に、アーセルの人々に「スイストの長い一日」と言われる一大事は、こうして幕を開けるのであった。




