【やり直し軍師SS-95】2人の軍師②
公の謁見が終了し、僕らはルルリアを連れて僕の執務室で一息ついていた。
「それにしても、ビッテガルド殿が遠征の指揮をとると言うのは驚いた」
ゼランド王子が紅茶を片手にルルリアに話しかける。王子の言う通り、今回の帝国の軍船を率いるのは、皇帝の第一子、ビッテガルドである。
ビッテガルドは帝国の軍部を統括する立場だ。つまり、帝国は本気の軍勢で海を渡る心づもりという事だろう。
「義父様はビッテガルドお兄様を、正式に継承者として定めたの。ルデクが着々と次代の足場を固め始めたのを見て、思うところがあったみたい」
そんな風に返されたゼランド王子は少し恥ずかしそうに「私などまだまだ……」と苦笑する。
まあともかく、皇帝の思惑は少し分かってきたな。この一件はすなわち、ビッテガルドへの信頼を知らしめるために利用しようとしているのか。
「先生。私も同行した方が良いのでしょうか?」
遠征の参加予定にはなかったゼランド王子が聞いてくるけれど、僕は首を振る。
「いやぁ。ビッテガルド様は元々、帝国の軍事の統括者だったという部分も大きいから、王子が無理して対抗する必要はないよ。ここは僕らに任せて、王子にはルデクの方を任せたいかな」
「分かりました。確かにビッテガルド殿に対抗する必要はないですね」
うん。物分かりが良くて助かるなぁ。
今回の遠征。ルデク側の指揮官は僕が担う。帝国が軍部のトップを送り出すのであれば、ルデクも同じ立場の人間を送り出した方が良いだろうと言う判断。
と言うわけで僕と、いつもの面々を中心に、ノースヴェルさんの軍船に乗り込んで海を渡る。
ちなみにディック、フレイン、リュゼルは留守番。
「騎馬の出番のないところに用はない」と言うリュゼルや、いつものように第10騎士団を任せるフレインは予定通り。
ギリギリまで参加を迷っていたのは、意外なことに双子だ。
「船か……」
「揺れる……」
船の揺れに耐性のない2人は、珍しく非常に渋い顔をしながら躊躇していた。僕も無理して連れてゆくつもりもなかったので、留守番でも構わないと言ったのだけど……
「でも一応ロアの護衛だしな……」
「仕事はしないと……」
と、普段遊び歩いて護衛などしないのに、こんな時だけ妙な責任感を出して、参加を決める。
もう一人意外だったのはリヴォーテだ。僕が遠出する時は大抵同行を希望したのだけど、今回は「行かん」と一言。
ルファが理由を聞いたら
「陛下がお出ましにならぬ。ならば、海上などにいては、陛下に何かあった時に、すぐに馳せ参じることができないだろう。そのような場所には、行かん」
……実にリヴォーテらしい理由だった。
「それで、ゲードランドの到着予定はいつ頃になるの?」
「私は明日の朝一番にはグリードルに出立するから、戻ってすぐに出発準備を進めるわ。できれば、遅くとも半月以内には」
「分かった。じゃあこちらも間に合うように準備しておくよ」
帝国の軍船とは、一旦ゲードランドの沖合で合流し、足並みを揃えて南へ向かう予定。
帝国側の補給と言う側面もあるけれど、最も重要なのは見た目の方。単純に揃って向かった方が迫力がある。
ゴルベルで大規模に造営させている新造船も、そこそこ両国に配備され始めた。これらが揃って南の大陸に向かえば、それだけで相当な脅威を与えることができるはずだ。
「うん。よろしくね。……それと、ありがとう。祖国の面倒ごとを手伝ってくれて」
「ダスさんにはお世話になっているからね。それに、今回は……」
僕は思わず顔がニヤけてしまう。
「ローア、顔」
ラピリアに呆れられながら注意されるけれど、こればかりは仕方がない。僕の趣味を十分に理解しているルルリアも笑う。
「ええ。ドランも必ず来るはずよ。期待しておいて」
そう、今回のアーセル遠征。僕やビッテガルドはアーセル王と会談する予定となっている。その席に、かのフェザリスの軍師、ドランも同席すると言うのだ。本当に楽しみで仕方がない。
「そろそろ歓迎の会食会の時間です」
ウィックハルトが声をかけ、その日のくつろぎの時間は終了となった。
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「おう、軍師! 少し久しぶりだな」
「ノースヴェルさん。そうですね。今回はお世話になります。しかしこれは……壮観ですね」
ゲードランド到着早々、僕らは準備万端の海軍の威容を眺めて、ほうと声を漏らした。
「お前のおかげでいい船が増えたし、この数の軍船が一度に揃うのは珍しいからな! 俺でもあまり見ねえ」
満足げなノースヴェルさんが手を広げた背後には、旗艦である大型のキャラック船が鎮座している。
この船はノースヴェルさんの要望を詰め込んだ特注船。本人自慢の一隻である。
ノースヴェルさんとしても、この船を見せつけるのが楽しみなのだろう。船団護衛の任務などの先約との兼ね合いで、調整が結構大変だと言っていたけど、思いの外ご機嫌だ。
そうして僕らがノースヴェル様自慢の船の内部を案内してもらっていると、ノースヴェルさんの部下がやってきた。
「帝国の軍船、来やしたぜ!」
考えれば、ビッテガルド様と会うのも久しぶりだなぁと思いながら、僕らは出迎えの準備を始めるのだった。




