【やり直し軍師SS-93】昔の未来の⑥
僕の話が一旦途切れたところで、対面のソファに座っていたラピリアが、冷めた紅茶を入れ直すために立ち上がる。
そうして新しい紅茶を手にすると、今度は僕の隣に座り直した。
「それで、どうなったの?」
少し体を寄せながら、話の続きを促すラピリア。
「うん。そのあと僕らは夜を徹して話し合いをした。けれど、僕らの溝は埋まることはなかった」
理由ははっきりしている。僕自身の問題だ。僕は一座にいたいと思ったけれど、同時にルデクへの想いを断ち切ることもできなかった。
「レヴの言葉を借りれば、僕は結局、ルデクを”諦める”ことができなかったんだ。その日の一件がきっかけとなって、僕は半月後に、一座にお別れを告げた」
「……そう」
「当時は随分と荒れたよ。レヴのことを恨んだりもした。けど、今こうして結果だけ見れば、レヴの言葉は正しかった。あの時一座とお別れをしなければ、僕は過去に戻ってきても、何もできなかったんじゃないかな」
僕がレイズ様の信用を得るきっかけとなった瓶詰めなどは、一座を離れた後に様々な仕事を経験したから覚えることができた。スキットさんと知り合えたのも、一座から離れたからだ。
「……でも結局、レヴの言う、僕のいるべき場所は見つけられないままだったけどね」
自嘲気味に言うと、ラピリアは僕の腕を軽く摘む。
「今、ここが貴方の居場所でしょ? 違う?」
「そうだね。違わない」
と、ラピリアがそこで少し首を傾げた。
「けれど、凶作が起きなかったのに、どうしてヴァ・ヴァンビルは結成されたのかしら?」
「僕もそこは不思議に思ったけれど、僕が救ったのはあくまで食糧面だけ。ルデクは国に余裕があったから、仕事を失った人や商人の支援もできたけれど、他国はどうだろう? 国にもよるけれど、厳しいのはどこも同じ。とてもじゃないけど新しい使用人を雇う余裕もなかったと思う」
「……仮に孤児院が残ったとしても、レヴたちに行く場所はなかったと言うことね。ヴァ・ヴァンビルが誕生するのは必然だった」
「うん」
ラピリアは紅茶に口をつけると、僕を見て少し目を細める。
「ねえロア。レヴがいなければ、貴方は野垂れ死んでいたし、レヴが一座を追い出してくれたから、今の貴方がある。そうよね」
「その通りだね」
「私、ちょっとレヴたちに”お礼”がしたいのだけど?」
ラピリアはそんな風に言いながら、少し楽しそうに目を細めた。
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「大軍師ロア様が、また何か変わったことを始めたぞ」
そんな話が旅一座の間に急速に出回り始める。
噂は巡り巡って、ヴァ・ヴァンビルの元にも届いた。
「そうか、お前たちは凶作の後に結成したのか、それじゃあ、ロア=シュタイン様のことはよく知らないんだな」と、噂話を伝えた同胞は少し興味深そうに言う。
「もちろん話くらいは聞いたことあるよ。旅一座の救世主ってお人だろ?」
レヴが答えると、同胞の男は待っていましたとばかりロアの凄さを語りだした。
「俺はあのロア=シュタイン様を直接見たことがある。俺たちが呼び集められた時、あのお方は最初の打ち合わせに顔を出したんだ」
凶作から時が経つけれど、出会う一座はみんなこんな感じだ。その人物が本当に特別なのだと言うことは、ロアを知らないヴァ・ヴァンビルの面々も十分に感じていた。
「それで、ロア様が始めた面白いことって?」
放っておけば延々と話しそうな同胞に、適度なところで問いかけると、馬車からいそいそと何やら持ち出してきた。
「これこれ。欲しいやつがいたら配ってくれってさ。多めに預かっているんだ。いるか? やるよ」
そのように差し出すのは、本だ。けれど残念ながら、レヴ達は文字が読めない。少しがっかりした気分になった。だから、同胞の次の言葉に少し驚く。
「これは文字の教本だ」
「文字の……教本って?」
「言葉の通りさ。旅一座や野盗崩れは、読み書きが苦手なやつも多いからな。そう言う奴らが文字を覚えることができるようにって、ロア様が無償で準備してくれたんだ。絵に合わせて文字があるから、絵と照らせば書かれた文字が分かる」
まるで自分のことのように自慢げな同胞は、さらに続ける。
「しかも、それだけじゃない。この教本で分からないところや、もう少し難しい言葉を覚えたければ、ルデクの伝馬箱に立ち寄るといい。伝馬箱は知っているな?」
「ルデクの騎士の屯所だよね」
「そうだ。ルデクの国内ではあちらこちらに伝馬箱がある。そこの騎士様に聞けば、分からないことを教えてくれるし、これより難しい教本もくれる。これも無償だ」
「そんなことをして、ロア=シュタインにはどんな利益があるんだ?」
何か騙されているんじゃないかとばかり、不信感を表すルベールに、同胞はわかっていないなとばかり大仰に首を振る。
「あのお方の考えること、全ては分からん。だが何か意味があるんだ。差し当たって文字を覚えたい一座はルデクに向かうだろ? そうすればルデクが盛り上がる。それに足を洗いたい野盗崩れなんかも、仕事にありつくきっかけになれば国内の治安が良くなる」
そこまで言ってから少し舌を出し、「……と、騎士様が言っていたぜ」と添える。
「それで、教本、いるのか? あとで欲しくなったらルデクに行けば普通にもらえるが」
「欲しい! 人数分ちょうだい!」
前のめりに言うレヴに一瞬身を引きつつ、それでも人数分手渡してくる。
「さっきも言った通り、たくさん預かってるんだ。構わんぜ」
一仕事終えたように、それを潮に会話は終わり。
「まあ、分からんことがあったらルデクに行くといい。そんじゃ、風の神ローレフのご加護を」
「ああ。ありがとう。そちらにもローレフのご加護を」
ルベールが代表して一座の挨拶を交わして、同胞の馬車は去ってゆく。
そんな中、
レヴは下を向いて微笑みながら、大事に、大事に、貰ったばかりの教本を胸に抱きしめていた。
個人的には結構満足できるお話となりましたが、いかがでしたでしょうか。




