【やり直し軍師SS-92】昔の未来の⑤
僕がヴァ・ヴァンビルのみんなと一緒に旅したのは2年と少し。
その頃にはすっかり役割分担ができていて、僕も一座の一員のつもりだったし、彼らもそう感じてくれていたと思う。
ヴァ・ヴァンビルはリフレアを避けるようにして、ゆっくりと大陸を巡っていた。今改めて思い返せば、彼らが旧ルデク領も含めて、リフレアにほとんど足を踏み入れなかったのは、僕に対する気遣いだったのだろう。
生活は結構厳しかったけれど、2年の間にみんなの軽業師としての技術はメキメキと上がっていたし、僕も各地でそれなりに重宝されて、なんだかんだ言って上手くいっていた。
穏やかな日々は、ある日突然、終わりを告げる。
僕にさよならを突きつけたのは、レヴだった。
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「ロアは今日が誕生日なのか?」
「そうだよ。言ってなかったけ?」
ルベールと小川で並んで、顔を洗いながらの朝の会話から、その日は始まった。
「じゃあ何かお祝いしてやるか?」
「え? いいよ別に」
孤児であったレヴ達は、自分の誕生日を知らない。盗賊の集落で生まれたルベールも一緒。この一座に誕生日を祝う習慣はない。
「何? なんの話?」
馬車に戻る間も祝おう祝おうと食い下がるルベールの言葉を聞きつけ、朝食の準備をしていたレヴも会話に加わってくる。
「ロアが誕生日らしい、今日はお祝いしないか?」
僕を説得するのを諦め、レヴへと話を振るルベール。
「……誕生日……ふうん。良いんじゃない。やろうよ、お祝い」
「よしじゃあ、決まりだ。ロア、ルデクではどんなふうに祝っていたんだ?」
強引なルベールに苦笑しながらも、僕はルデクでのお祝いの方法を思い出す。たった2年しか経っていないのに、もう随分と昔のようにも感じる。
けれど、ルデクのことを思い返すと、あっという間に風景、感情、匂いまで鮮明に思い出すことができた。
僕がルベールに思い出を話している間。レヴはずっと黙ったまま、僕を見ていた。
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「そんじゃあ、ロアの誕生に、乾杯!」
ルベールの音頭で、みんなが木製のコップを天に掲げる。
中身はお酒だったり、そうでなかったり。それでも全員が楽しそうにコップの中を飲み干して、美味しそうに息を吐いた。
焚き火の周りには僕らにしては豪華な食事が並んでおり、早速思い思いに料理に手をつけてゆく。人気の料理はすでに奪い合いだ。
そんな様子を見ながら、ルベールは次々と酒を飲み干して行った。
「ちょっと飲み過ぎじゃない?」
僕もちびちびとワインを舐めながら、そのように注意するも、
「良いじゃねえか。祝いの席なんだから」と再びコップを口にもって行くルベール。
そうして、ささやかながら楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。
そろそろ料理が終わりそうななった頃。随分と酔ったルベールは、「おい。みんなに大切な話がある!」と全員の注目を集めた。
「どうしたのさ?」
「ああ。ずっと考えてはいたんだが、ここまで、なあなあで来ちまったから、ちゃんとしておこうと思ってな。ロア、お前、正式にヴァ・ヴァンビルに入らないか」
「え?」
僕はもうてっきり一座の一人だと思っていたから、その言葉には少し面食らってしまう。
「別に今までもお客様扱いしていたわけじゃない。ロアに助けられることも多かったしな。けど、ちゃんとお前の意思を確認したこともなかった。だから今日はちょうど良いと思った」
ルベールの気遣いはとても嬉しかった。他のみんなも僕が「うん」と言うのを待っている。当然僕自身も、そう答えようと口を開きかけたその時。
「私は反対よ」
静かに、けれどはっきりと言い放ったのはレヴ。
「レヴ? どうして?」
戸惑う僕の前にツカツカとやってきたレヴは、怒っているようにも泣いているようにも見えた。
「私たちはもう、故郷を捨てた。私たちヴァ・ヴァンビルの故郷はここ。一座のある場所。でもね、ロア、あなたは違う」
「そんなこと……」
「ないと言える? あなたの中にはずっとルデクがある。あなたはまだルデクを”諦めて”ない」
レヴにそのように指摘され、僕は言葉を失う。
全く否定することができなかったからだ。
レヴは続ける。もう今は、完全に泣いている。
「ロア、あなたは多分、このままずっと一座を故郷にはできないわ。だから、あなたの本当の居場所はここじゃない。あなたは、あなたの居場所を……いるべき場所を探すべきよ」
誰も口を開かない。
焚き火のはぜる音だけが、ただ闇夜に響いていた。




