【やり直し軍師SS-91】昔の未来の④
「ね、レヴってどんな娘だったの?」
話が一息ついたところで、ラピリアが聞いてくる。
「どんな娘……うーん。少しそばかすがあって、髪の色は赤くて、癖っ毛だからっていつも編んでた。ああ、物事を凄くはっきりと言う娘だったな。その辺はラピリアと似てるかも」
「私、そんなにはっきりと言わないわよ?」
「え、自覚ないの?」
僕の言葉に、足を軽く蹴ってくるラピリア。
「もう。…まあいいわ。それで、レヴはどうしてそんなに文字を覚えたかったの?」
「うん。それはね……」
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レヴが頑張って文字を覚えようとする理由。それを聞いたのはシューレットに滞在していた時のことだった。
シューレットとルブラルは、旅一座に厳しい国として知られている。どちらの国の民も芸事に関する目が肥えていて、この2国で認められれば、旅一座として生活して行けると言われるくらいに。
ヴァ・ヴァンビルの初めてのシューレットの興行は散々なものだった。僕が雇ってもらえた仕事がなければ、早々に撤退を検討するくらいには。
ちなみにヴァ・ヴァンビルは専制16国の出身だ。専制16国でそこそこのお金を貯めて、ルブラルへと進出。ルブラルでは歯牙にもかけてもらえず、早々にゴルベルへ移り、そこでまた少しお金を貯めて、かつてのルデク領へ向かう途中で僕を拾ったらしい。
「あーあ。全然ダメね」
唇を尖らせるレヴを、僕は「まあまあ」と宥めながら、2人で新しい言葉の勉強をしていた。
ちょうどその日は他の一座の人たちが街に買い出しに出かけ、馬車の見張りを任された僕らだけがその場にいた。
僕とレヴのことは一座はみんな知っていたから、あの頃は2人まとめて何かを任されることが多かった気がする。
そんな状況だったから、僕は文字を教えながら何の気なしに聞いたんだ。
「ねえ、レヴ。君はどうしてこんなに真剣に文字を学んでいるんだい?」
僕の問いに、レヴは少し恥ずかしそうに頭を掻いて、「秘密だよ」と前置きをする。
「もちろん」
「あたしね、旅一座にはなんの不満もないけど、本当は演劇とかやりたいんだ」
「うん」
「演劇ってさ、やっぱり元の物語とかあるから、文字が読めないとできないし……それに、それにね」
「なんだい?」
「できることなら、演劇のお話を自分で書いてみたいんだ……」
そう言うと「文字も書けないのに、恥ずかしいよね」と顔を真っ赤にして俯く。
「全然恥ずかしいことないよ。すごく素敵な夢じゃないか」
僕は本気でそう思った。
「でも、全然文字も知らないのに……」
「これから覚えていけばいいだけだよ。僕は読むばかりだから、自分で書こうなんて思ってもみなかったな」
「書ける……かな?」
「書けるさ、絶対に」
「ね、ロアは沢山の書物を読んでいるんだよね? 色々な話を聞かせてくれる? 自分が書くときの参考にできるかもしれないから」
「もちろん。と言っても、僕の場合は内容がとても偏っているから、役に立つかわからないけれど」
「そんなことないよ。聞きたい」
こうして僕は、レヴに文字を教えた後は、僕が読んだ書物の話を話して聞かせる時間が新しく加わった。
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馬車の中で毛布にくるまって寝ていたレヴは、夜鳴き鳥の声で目を覚ます。
体を起こし、馬車の扉を開けて外を見ると、まだ真っ暗だ。
今日の夜の火の番は誰だろう。ロア、だった気がする。少し目もさえてしまったし、2人でお茶でも飲んで、時間を潰そうか。
もぞもぞと馬車を降りて、ルベールたちの眠るテントの横を抜ける。
こっそりと顔を出し、焚き火の前の人物を確認すると、やっぱりロアが一人で本を読んでいた。
声をかけようと一歩踏み出そうとして、レヴは動きを止める。焚き火に照らされて伸びた影の肩が震えていることに気づいたからだ。
泣いているのだろうか。
ロアは祖国を失って、抜け殻のように彷徨っていたと言っていた。レヴも祖国を捨てた身だけど、別に滅んだわけではない。そもそも故郷に良い思い出もない。
唯一の心残りと言えば、孤児院のちび達だけど、会いに行こうと思えば、いつでも会える。
ロアにはもう、その全てがない。
もちろんロアのそばにはレヴがいる。ルベールたちもいる。
けれどロアは時々、ルデクの話をして、それから少し傷ついた顔をする。それなら話さなければ良いのにと思うけれど、言葉を止めることができないのだろう。
もしかしたら、一人でいるときは、いつもこうして泣いているのかもしれない。
レヴは慰めてあげようと思って、それでも最初の一歩が踏み出せないでいた。一体何を話せば良いのだろう。わたしの言葉は、ロアをさらに傷つけることにならないだろうか?
しばらく悩んで、結局レヴは良い言葉を見つけることができず、物音を立てないように馬車へと戻った。
 




