【やり直し軍師SS-90】昔の未来の③
同行するにあたり僕には一つ、疑問があった。一座の全員が読み書きできないことだ。
「文字の読めない理由? そりゃ簡単だ。習ったことがないからだ」
ルベールさんの返答は至って簡潔。
計算はともかくとして、字が書けないというのは僕らの大陸では少し珍しい。それも一座5人全員というのは奇妙だ。
ルデクに限らず、読み書きは各国で相応の学舎が用意されているはず。現に僕の生まれは小さな漁村だったけれど、近隣の集落の子どもを集めて字を学ぶ小屋があった。
さらにお金を払えば計算も教えてくれる。僕の村はゲードランドが近かったから、今後のためにも計算はできたほうが良いだろうと考える親はそこそこいた。
なので寂れた漁村の割に、子ども達の計算能力は比較的高かったと認識している。
それぞれ事情があるだろうから、文字を習わなかったという人も一人二人なら違和感はないけれど…
そこで僕は思い切って聞いてみた。で、返ってきた答えがこれ。
「一人も習ったことがないんですか?」
「ああ。なあ、レヴ」
話を振られたレヴもあっさりと「うん」と認める。
「私たちは孤児だから、そんな余裕なかったんだよね」と。
「あ、ごめん」
思わず謝罪した僕に、レヴは「別に気にしてないから」と、本当になんでもないように答えた。
「……じゃあ、ルベールさんはその、孤児院の院長さん?」
レヴたち4人は僕よりも少し年下だけど、ルベールさんだけは一回りくらい違う。孤児というには無理がある年齢だ。
「いや、俺は元庭師だ。こいつらの孤児院にもたまに出入りしていた。で、その前は野盗」
「野盗?」
僕が思わず身構えると、ルベールさんは笑う。
「まあ、そう警戒するな。俺は野盗だけど、野盗じゃない」
「どういうことですか?」
「俺の生まれたのが野盗の集落だったんだよ。で、野盗として一人前になる前に、その野盗は壊滅した。それで、流れているうちに、庭師になった。だから行儀良く勉強する機会なんてなかった」
それはまた壮絶な……
「ただなぁ。どうも俺はコツコツ日々働くってのが合ってなかったみたいでなぁ。いずれ一座を立ち上げたいと思ってはいた。だが、一座ってのは一人じゃ無理だ。どうしたもんかと考えているときに、こいつらの孤児院が解散した。凶作の影響だった。支援していた篤志家の商売がたち行かなくなったんだ」
僕は黙って続きを待つ。
「小さなガキどもは、まあ、別の施設に移ることもできた。だがそっちも余裕がある訳じゃない。まだ凶作の影響は何処にでもある。あと何年かは、いろんなところに影を落としたままだ」
「……つまり、レヴ達は施設を移れなかった」
「ああ。こいつらは元々凶作がなければ、使用人として働きに出る予定だったんだ。だが、凶作のせいで先延ばしになり、白紙になった。働ける年齢だからと言って、働く場所もなく放り出されるところだった。だから、俺が声をかけたんだ。一緒に旅一座をやらないかと」
「そう、だったんですか……」
なんと言って良いのかわからない。けれど、そんな僕に、レヴが明るく話かけてくる。
「今は読み書きはできないけどさ、あたし、文字、覚えたいって思っているんだ。ねえロア、良かったら文字教えてよ」
レヴの言葉に、他の者たちも俺も俺もと手を挙げる。
「もちろん構わないさ」
僕は快諾。そんなことで良ければ、お安いご用だ。
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ヴァ・ヴァンビルの生業は軽業師。
歌は歌えるものがおらず、楽器は先立つ金がない。演劇をするには台本が読めない。そんな消去法から選ばれたものだったけれど、素人の僕からみても、彼らの技はそれなりのものであると思う。
主役はルベールさん。さすが元野盗というか、巨体で軽やかな身のこなし。風貌と曲芸が上手く噛み合って、なんとも楽しげな芸となる。
ルベールさんの芸が目を引くので、他の一座の技が拙くとも、なんとなく雰囲気で押し切ることができていた。
また、レヴたちは若いので、失敗してもどこか初々しく、何処でも比較的暖かく迎えてもらえる。
みんなが芸を披露している間、僕はといえば書類関係の仕事がないか聞いて周り、ちょっとした仕事を貰っては小銭を稼いでいた。
後から考えれば、この時の経験があったからこそ、僕は各地を放浪しながら食い繋げていけたのだと思う。
そうして時間が空いた時は、レヴたちに文字を教えて過ごした。
レヴも、皆んなも、文字を覚えたいというのは本当だった。簡単な単語を覚えては、楽しげに自慢し合う。教えがいのある生徒だ。
特にレヴは熱心で、暇を見つけては一つでも多くの単語を覚えようと頑張っていた。
だから僕は、一座の中で一番レヴと同じ時間を過ごした。
そして、僕らはいつしか、恋人になったんだ。




