【やり直し軍師SS-9】王と軍師②
ロア殿の説明に私は納得しかけてしまったが、父とロア殿の厳しい言葉にハッとする。
そうだ、リフレアが弱体化しないうちに戦うということは、それだけルデクにもより多くの被害が出るということだ。
「……覚悟の上、という表現は正しくないかもしれません。ですが、僕が考える最も被害の少ない機会が今、そう考えています」
ロア殿の言葉の”最も少ない被害”とは、リフレアの民のことも含まれているのだと、今は分かる。
ロア殿が続ける。
「それに、弱っていないわけではないのです。食料がないという事実が与える士気の低下は大きい。まして、リフレアはまだ敗戦の記憶も新しい。元より下がり気味だった士気は、凶作によってさらに落ち込んでいます」
「……言いたいことは分かるが。だがロアの説明では、兵糧のないリフレアは、総軍を上げた乾坤一擲の戦いに来るということであったな。ルデクから出せる兵数を考えれば、兵数はリフレアの方が多いはずだ。向こうに数で押し切られるのではないか?」
「数の差で決着のつく心配は低い。そのように思っています」
「根拠は?」
「ホッケハルンで第一騎士団とリフレアの連合軍と戦った時の印象ですが、リフレアの兵はルデクより弱い。そのように感じました。これは僕だけではなく、その場にいた指揮官の共通認識です」
「単に指揮官の問題ではないのか?」
「指揮官の問題もあると思います。しかしなにより、兵士一人一人の力量で、ルデクの方が強かった。この点についてホックさんやトール将軍とも話したのですが、今まで帝国やゴルベルと戦ってきたルデクと、実戦経験の乏しいリフレアの差ではないかと」
「……なるほど」
父が髭を触る。考えに集中している時の仕草だ。父の考えが落ち着くのを待って、ロア殿は再び口を開く。
「加えてこちらには、リフレアが持っていない兵器があります」
「巨大弓か。車輪をつけて行軍可能にしたという」
「はい。巨大弓は対人のみならず、攻城兵器として使えるのではないかと考えています。それから改良した十騎士弓、さらに、レイズ様が発案した対人に特化した投石機も増産しました。これらの兵器と兵の実力差、さらに士気の差。これらを総合すれば、現状でも負けることはないかと」
「……ううむ。だが、繰り返しになるが、冬を越えてから攻め込むより被害は大きいだろう。私はルデクの王として、民を死地へ向かわせることを安易に了承するわけにはいかん」
私は小さくため息をつく。進軍を遅らせればリフレアの統治が難しくなり、かといって今進めば、ルデクの兵士がより多く犠牲になる。この選択肢に正解などあるのだろうか?
重苦しい沈黙。
「あの、では、少し進軍を遅らせるのはいかがですか? もう少し弱らせてからでも良いのでは?」
沈黙に耐えかねた私が、苦し紛れに提案してみる。いわゆる折衷案というやつだ。
けれど、ロア殿は首を振る。
「それはできません」
「なぜですか?」
「先ほどと同じです。時間を伸ばせば、弱いものから死ぬ。そうすればルデクへの反発心の増加は避けられません。きっと小さな内乱がそこかしこで起こるでしょう。下手をすれば専制16国と同じ運命を辿ります」
ロア殿の言葉に、私は食い下がる。
「ですが、小さな反乱であれば鎮圧すれば良いのではないですか? 恨みに思う人が少なければ、その人々だけを押さえつければ良いのでは?」
「いや、それは悪手だな」
私の反論に父が否定的な意見を出す。
「なぜです?」
「反乱は反乱を呼ぶ。そこまで悪感情を持っていなかった民であっても、身近な者が反乱軍に身を投じ、そして死にでもすれば、連鎖的にルデクへの敵対心は増幅されてゆく。それではキリがない。それに、周辺国がどう思うか」
「周辺国ですか?」
「うむ。仮に徹底的に反乱分子を根切りにしたとしよう。その場合、周辺国はどう思うか? ルデクが血を好む国などと思われるのは良くない」
父の説明に、ロア殿も大きく頷いた。
「王のおっしゃる通りですね。ルデクがリフレアを制圧した場合、ルデクは大陸でも屈指の大国となります。そんな国が強引な粛清を行えば……実際の事情はどうあれ、他国はルデクを危険視するでしょう。あの国は、血を好む、と」
「そうだ、そうなれば帝国とて、どのように判断するかわからん。やはりルデクは危険、同盟の見直しをとなったら面倒なことになる」
「ですが、帝国とは良好な関係を……」私は再度の反論を試みるも、父はゆっくりと首を振る。
「帝国とは同盟してまだ日も浅い。皇帝は我が国との友好を望んでいるが、面白く思っていない臣下もあろう。それに、次の世代のことも考えておかねばならん」
次の世代、それは自分の代のことに他ならない。
「ゼランドが王になり、皇帝も代が変わった時、ルデクが血を好む国だと思われていたら、帝国はどう思うか、ゴルベルは、ルブラルはどうだ?」
「それは……」私は言葉に詰まる。
「リフレアの民をなるべく穏便に取り込むことは、周辺国を思えば理に適っているのだ。ルデクは人道的であり、警戒より友好を望んだ方が良い国であると知らしめるには」
「ですが、その評判を得るためには、ルデクが血を流さなくてはならなくなります」
今度はロア殿が兵士の被害の心配をする。先ほどの会話とは真逆だ。父も、ロア殿も利点と欠点は理解しているのだ。その上で、判断を迷っている。
私もいずれ、このような判断を下さなくてはならぬのか……。ゼランドは身の引き締まる思いで、この国の運命を握る2人の男を見ていた。どのような結論であっても、目を逸らすことなく見届ける覚悟を決めて。
初日は結論が出ず、2夜目、3夜目と時ばかりが過ぎてゆく。
そうして3夜目、これまでずっと黙っていたネルフィアが、口を開いた。