【やり直し軍師SS-89】昔の未来の②
僕はどこかの森の中で行き倒れていた。
今日が何日で、ここが何処なのかもよくわかっていなかった。ただぼんやりと進んで、その場所で力尽きたと言うだけの話。
多分、あと3日もしないうちに死んでいたんじゃないかな? あの時の僕はそれでもいいと思っていたから、特に足掻くこともなく、道端に座って目を閉じていたんだ。
そんな僕に声をかけてくる物好きがいた。
僕はなんて答えたのかよく覚えていない。多分。「放っておいて」とか、そんな事を言ったんじゃないかと思う。
そうして意識を失った。気づいたら、草むらに寝かされていて、僕のことを女の子が覗いていた。
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「あ、良かった。気がついた」
少しそばかすのある、愛嬌のある顔がこちらに笑みを投げかけてくる。
「……君は?」
「あたしはレヴ。ヴァ・ヴァンビルって旅一座の一員よ。あなた、あんなところで何していたの?」
「ヴァ・ヴァンビル……。僕は……何をしていたのだろう……何もしていなかった。ただ、歩いていたら、あの場所にいたんだ」
「……何それ? 変なの。私たちと同じ旅一座か何か? 仲間と逸れたとか?」
僕はまだ少し力の入らない身体を起こすと、ゆるゆると首を振った。
「違うよ。僕の国が無くなったから。なんとなく歩いていたんだ」
この言葉だけで伝わったみたいだ。レヴが痛ましそうな顔をした。
「ルデク、かしら……。話したくなければ話さなくて良いけれど、もしよければ詳しいことを聞かせてもらえる?」
特に隠すことでもない。それに、どうやら僕はこの旅一座に助けられたようだ。
本音を言えば「余計なことを」という気持ちが一瞬心をよぎったけれど、彼女達の親切を無下にするほどに死にたい訳でもない。お礼に話をするくらい、別に構わない。
「良いけど、楽しい話でもないよ」
「今、ルデクの話で楽しい話なんか、ないわよ」
はっきりと言われて、僕は顔を顰める。けれど彼女はそんな僕に、強い視線を向けたままだ。まるで、現実をちゃんと見なさいと言っているように。
「……それで、ここで話せば良いのかな?」
少し不貞腐れた僕がなげやりに言うと、
「いいえ。折角だからみんなで聞きましょ。お腹、減っているでしょ?」
レヴに指摘されて、初めて空腹を感じ始めた。
「水分はともかく、食べ物は押し込むわけにはいかないから。何日食べていないの?」
「さあ? 覚えていない」
そんな僕の言葉にレヴは呆れながら、
「ま、食べられるなら少しでも食べなさいな。ほら、立てる?」
と、僕に手を差し出してきた。
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「すると君は、王都の文官だったのか。優秀だったんだなぁ」
焚き火を囲んで僕の話を聞く旅一座の人たち。全部で五人という小さな一座の中心に座って、僕に言葉を投げかけている、クマのような男性。
この人が一座の座長。名をルベールと言った。
「優秀でもなんでもない。ただの一文官ですよ」
「いや、王都に勤めるくらいだから、読み書きも計算もできるんだろ? ならば充分に優秀じゃないか」
屈託のない笑顔で褒められて、僕はなんだか座りの悪い思いをする。
今までの人生で、旅一座とこんなふうに接したことはない。精々が王都に興行に来た姿を見る位のものだ。
彼らには悪いけれど、僕、というか少なくとも僕のような王都の文官は旅一座を少し見下していた。
定住地を持たず、好き勝手に生きる胡乱な人たち。
そう思っていた人たちにこうして助けられ、食事さえ与えてもらい、その上で褒められた僕は、申し訳ない気持ちもないまぜになって、どうにも落ち着かない。
僕がひとしきり事情を話し終えるまで、彼らは黙って聞いてくれた。
そうして出た最初の言葉が、同情とか、一緒に悲しんだりとかではなく、読み書きできるのはすごいという一言。
「それで、こんなゴルベルの山の中を歩いていたのなら、ゴルベルに行くのか?」
「ここはゴルベルなんですか?」
僕の言葉にルベールはちょっと目を見開いて、少し呆れる。
「本当に何処を歩いているのかも分かってなかったのか」
「はい」
そもそも僕は、ルデク国内だって生家と王都とゲードランドくらいしか知らない。もちろん知識としては知っていても、他の地域に足を運んだことなどなかった。
「行き倒れていた道を、そのまままっすぐ進めば、半日くらいでゴルベルのレーオという町に到着するよ」
「……そうなんですか」
別に、その町を目指していた訳でもないし。僕にゆくところなど、ない。
反応の薄い僕に、ルベールは少し考えるような仕草をして、
「なあ、目的なく彷徨っているんなら、しばらくうちの一座を手伝ってくれないか? まだ立ち上げて日も浅い。読み書き計算ができる奴がいれば、町での交渉ごとにも助かると思うんだが……」
「僕が、みなさんと、ですか?」
ためらう僕に、レヴが口を挟む。
「どうせやることないなら、助けた分、恩返しのつもりで手伝えば?」と。
直接的な物言いに、却って僕は納得してしまう。
そして僕は、この一座と行動を共にすることになった。




