【やり直し軍師SS-88】昔の未来の①
僕がその名を聞いたのは偶々だ。
地方の街の警備兵長と話す機会があり、世間話の中で兵長が「そういえば」と口にした。
「新しい旅一座が街に来ておりました」
「へえ、なんていう旅一座だろう?」
僕は大凶作に関するちょっとした一件で、大陸に存在する旅一座はほぼ把握している。
ゆえに、特に気にすることもなく放った僕の言葉に返ってきたのは、「ヴァ・ヴァンビルという一座です」との一言。
その言葉を聞いた僕は、無意識のうちに固まってしまった。
僕の様子を見て、何かまずいことを言ってしまったのだろうかと不安そうにする警備兵長。僕の代わりに即座に対応したのはラピリアだ。
「ロアがまた何か、思いついたみたい。たまにこうなるから気にしないで」
「そ、そうですか。さすが軍師様。我々常人の考えなど及ばぬお方でありますね」
ラピリアの言葉を潮に、警備兵長は部屋を出てゆく。それから少し置いて、ラピリアが僕の両頬をつねる。
「ふぃふぁいよ、ふぁふぃりあ」
抗議する僕に、ラピリアがイタズラっぽく微笑んだ。
「ねえ、ロア。ヴァ・ヴァンビルってもしかして……」
そっと手を離された頬を撫でながら、僕は小さく頷いた。
「うん。”あの未来”で、僕がお世話になった旅一座なんだ」
そうか、ヴァ・ヴァンビルはこの頃に誕生したのか。
「……もしよければ、その昔話、聞かせてくれる」
ラピリアの言葉に、僕は微笑む。
「昔話というか、未来話だけどね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
僕が全てを失ったあの年。大陸は史上稀に見る大凶作に襲われた。
僕は幸い、というか今でも何故拾われたのか分からないけれど、運良くとある商家に潜り込むことができ、厳しいながらも悪夢のような冬を乗り越えた。
けれど翌年、その商家は秋まで耐えることができず、解散という苦渋の決断を下すことになる。
新参者の僕は僅かな賃金を握らされ、夏の終わりにその街を出た。
お世話になった商会には感謝しかなかった。あまり自分のことを話したがらない僕を受け入れてくれたんだ。文句などあろうはずもない。
そして再び拠り所を失った僕は目的もなく、国内を彷徨うことになる。
この頃の大陸は本当にひどかった。誇張ではなく、どこに行っても道沿いに等間隔に餓死者が転がっていた。旅人だけじゃない。普通の家族の遺骸もたくさん見たよ。
僕は、いずれ僕も、この人たちの仲間入りをするんだと考えていたし。それで良いとも思っていた。
あの頃の僕は、いや、ルデクが滅んでからの僕は、とにかく死に場所を探しているようなものだったからね。でも同時に、終わらせる勇気もなかった。
だから僅かなお金をやりくりしながら、どこかを目指して足を前に出す。そんな事を繰り返していたんだ。
そんな僕がヴァ・ヴァンビルと出会った場所は、正直にいえばよく覚えていない。僕はずっとモヤのかかった中を歩いている気分だったから。
でも、レヴの言葉はよく覚えてる。
レヴはヴァ・ヴァンビルの一座の一人だよ。
彼女は僕を見て言ったんだ。
「ねえ。死ぬつもりなら、暇でしょ? 私達の夜営の手伝いをしてよ。お金は出ないけど、食べ物だけは出るわよ」って。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ロア、そのレヴって女の人は若かったの?」
おおう、ラピリアの視線が痛い。けれどここで嘘を吐くのもなにか違うな。
「うん。一緒に旅をしている時、僕らは恋人だったこともある」
怒られるかなと思いつつも、僕は正直に話す。
「……そう」
ラピリアがあんまりにもあっさりと言うので、僕は逆に少し不安になってしまった。
「怒ってる?」
僕の問いに、ラピリアは楽しげな表情。
「私が嫉妬したと思った?」
「うん。少し」
「大丈夫。”私たちの未来”で貴方がまだ出会ってもいない娘さんに嫉妬はしないわ。その娘さんがいたからこそ、貴方が生きることを選択したのなら、ルデクのために感謝したいくらいよ」
「そう?」
ほっとした僕の頬を、ラピリアが再びつねった。
「ふぃたいよ。ふぁぴりふぁ」
「今のは嘘。本当は少し、嫉妬してる。私より先にロアに出会ったその娘に」
ラピリアが手を離したところで、僕は首を傾げる。
「でも、僕がレヴに出会ったのは、今より後の話だよ。だからラピリアとの出会いの方が早いのだけど?」
「けれど、順番的には私より先に出会っているのでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
「ややこしいわね」
「ややこしいね」
僕らはそんな風に言って、密やかに笑い合った。




