【やり直し軍師SS-86】第二皇子の乱10
「ご武運をお祈り申し上げます」
久しぶりに鎧を纏い、少し窮屈さを感じているツェツェドラに、ルルリアが戦勝の祈りを捧げてくれる。
「ああ。私の出番はほとんどないと思うけれど」
「私もご一緒できればよかったのですが……」
そのような言葉にツェツェドラは苦笑するしかない。実際のところ、危うくルルリアも出陣するところだった。本人が希望し、父上が面白がって許可を出そうとしたからだ。
止めてくれたのはサリーシャ様。
「元気なのは結構ですけれど、まだ婚儀前の身。今しばらくは大人しくなさい」
サリーシャ様にそのように言われれば、父上もルルリアも静かになるしかない。
ただ、ツェツェドラとしては、まるで婚儀が終われば戦場に出ても良い、と言っているように聞こえて気になった。
まあ、サリーシャ様もかつては父上と戦場を駆け巡ったお方だ。もしかして婚儀を済ませたら戦場に出るのが当たり前と思っておられるのか? いや、まさかな。
ともかく無事にルルリアは城内でお留守番である。母上や、サリーシャ様、ピスカ様と親交を深める時間とするらしい。女性陣は敵が攻めてくることに対して、何一つ心配していないようだ。
尤も、母上だけは心穏やかではない。当然だ。しかしこればかりは仕方がない事だ。母上にはサリーシャ様やピスカ様が寄り添ってくれている。心配はないだろう。
ツェツェドラは門を固く閉ざすと、王都の守備兵とともに南の空を睨んだ。予定通りなら、もうすぐフィレマスが大軍を率いてやってくるはず。
「ツェツェドラ様。大丈夫ですか?」
ブリジットが声をかけてくる。ブリジットはガフォルと共に出陣の準備を整えてから、先んじて状況を知らせにツェツェドラの元へやってきていた。
すでにガフォルが率いる一軍は、離れた場所で突撃の時を待っている。合図を出せば直ぐにでも怒涛の突撃を見せるだろう。
同じく父上も帝都を離れたふりをして、合流の合図を待っている。ビッテガルド兄様だけはツァナデフォルの前線に戻って行った。これ以上の戦力は不要という、父上の判断。
そして無論ながら、帝都におけるフィレマスの内応者は対処済み。準備は全て抜かりない。
「大丈夫だ」
短く答えながら、落ち着かぬ時間が、しばし続く。
そしてついに、その時は来た。
フィレマスの旗を掲げた兵が、目の前に無数に姿を現し始めたのである。
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ーー皇帝陛下の命令で、しばらく帝都の守備につくーー
フィレマスが兵達に話した行軍理由だ。
ルデク戦線は膠着しているので、まずは激戦となっているツァナデフォル方面に注力する。その編成の一環であると説いた。
兵達は特に疑問を感じることなく帝都へ進み始めている。到着したら、既に帝都に滞在しているはずのツェツェドラを利用する。
ツェツェドラが帝都の守備兵と結託し、帝都乗っ取りを図っていると声高に糾弾するのだ。
そのまま帝都の守備兵を逆賊とし殲滅、占領するという流れである。
一度帝都を押さえることができればこちらのもの。帝都から南はフィレマスが実効支配できる。勢いで独立、新皇帝を宣言すれば、帝国は2つに割れるだろう。
グリードルを支える豊かな大地は、南部に集中している。それをフィレマスが押さえるということは、皇帝に対して大きな優位を得ることに繋がる。
あとは時間をかけて追いつめてゆけば良い。戦況によってはツァナデフォルと同盟を組み、挟み撃ちという手も選べるのだ。勝ちは揺るがない。
様々な考えを巡らせながら帝都近くまでやってきたところで、困惑した伝令がフィレマスの元へとやってきた。
「なんだ?」
「それが……帝都の前に守備兵の姿が見えます。まるでこちらを敵視するように、陣を敷き待ち構えて……」
ツェツェドラに見抜かれたか?
「兵の数は?」
「3千ほどです」
……皇帝の軍としては少なすぎる。ならばやはり、皇帝の部隊はいない。ということは、ツェツェドラが何かに気づいた。或いは怪しく感じ、念の為警戒の兵を出したか。
しかしそれは悪手だぞ、ツェツェドラよ。こちらの兵は2万近い。相手にもならぬ。そしてこれは、非常に都合の良い事になった。
ここでツェツェドラを討てば、連れてきた将兵どもは全て反逆者。一蓮托生よ。
フィレマスはことさら大きくため息を吐くと、苦しそうに顔を歪める。
「どうされたのですかな?」
事情を知らぬ将の一人が聞いてくる。
「実はな、信じがたい事だが、我が弟が密かに帝都乗っ取りを企んでいるという情報を掴んでいたのだ。故に父上は私に、帝都の守備を任された。しかし、弟の動きは思ったよりも早かったというわけか……」
「なんと!? 事実なのですか?」
「事実でなければ、なぜ、あやつらは我々に剣を向けようとしているのだ? 帝都の守備兵どもがツェツェドラの軍門に降った証左であろう」
「まずは、向こうの話を聞いてみては……」
別の将が提案するが、それを否定したのは反乱を知る、フィレマスの側近。
「帝都を盾にこのような暴挙。もはや話し合いが通じる物ではありませぬな。早急に殲滅、帝都を確保するのがよろしいかと」
「……ああ、私もそのように思う。全軍にしかと申し伝えよ! 今、帝都を不法に占拠する反乱分子を、一人残らず生かすな、必ず殺せと!」
熱く語りながら、フィレマスはにわかに勝利を確信しつつあった。




