【やり直し軍師SS-85】第二皇子の乱⑨
しかし、なんという胆力か。
ツェツェドラは最早、驚嘆の思いでルルリアを見ていた。
ルルリアと対峙しているのは。グリードル帝国皇帝、ドラクなのだ。いくら私室での対面とはいえ、初めて会った父上に、ルルリアは臆するどころか積極的に意見を上げようとしている。
父上は猛々しい笑顔を見せると、「聞いてやる。話せ」と許しを出す。
「それでは申し上げます。フィレマス様が軍を起こしましたら、適度に打ち破って”逃がしましょう”」
「なんだと!?」
ルルリアの言葉に父上より先に反応したのは、ビッデガルド兄様の方だ。父上は黙ってルルリアを見ている。
「実子だから温情を示せとでもいうのか? しかしそれは……」
ビッデガルド兄様の言葉を手で遮ったのは、父上。父上はルルリアを睨むように見つめたまま、なおも沈黙を続ける。
そうしてたっぷり時間を使った父上は、ルルリアに向かって「お前……」と小さく呟いてから、
「根本から断つか?」と問うた。
「それと、巻き込まれた兵士の方々を考えると、こちらの方が”利”が大きいかと」
「くくく……面白え。お前の考えに乗ってやる。おい! ツェツェドラ!」
「はい」
「この小娘、逃すんじゃねえぞ! なるほどこいつはとんでもねえ。おい、ルルリア」
「なんでしょうか」
「お前には後々デカい仕事を任せる。姫として安穏とは暮らさせねえぞ?」
そんな父上の言葉に、ルルリアは楽しそうに目を輝かせ、
「宜しいのですか?」と、言い放った。
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対面は無事(?)終了し、ツェツェドラ達は一旦帝都の自室へと戻る。
「ルルリア、さっきの最後の会話だけど、あれは、フィレマスあに……いや、フィレマスの背後に何者かがいる、そのように考えているということかい?」
この反乱、ロアの手紙ではフィレマスと大臣バソルの企てだったはずだ。実際にフィレマスにはその力があるし、バソルの手引きがあれば、帝都を攻略するのは不可能ではないと思った。
しかし先ほどの会話。ルルリアと父上は、まるで他に何者かが介在しているような口ぶりだった。
「あくまで可能性の話です。フィレマスは優秀と伺っておりました。そのようなかたが、周辺国になんの手立てもなく反乱を起こすというのも少しおかしいなと思いました」
「周辺国とフィレマスが繋がっていると?」
「フィレマスが声をかけたのか、それとも他国がフィレマスに持ちかけたのかは分かりませんが、先々まで考えれば周辺国の後ろ楯があったからこそ、「行ける」と思われたのでは?」
「……君は道中でそのようなことを考えていたのか……」
「馬車の中は暇なのです」
……暇だからといって考えるような内容ではないと思うが……ツェツェドラもそろそろ気づいている。この人は規格外、父上のような、常人の枠には収まらぬ類いだと。
ルルリアは続ける。
「もしも、フィレマスが他国と繋がっているのなら、追い込めばその国に亡命するのではないかと思いました。流石にルデクの自作自演は考えにくいです。なので、ツァナデフォル、或いはリフレアが怪しいでしょうか? 現在の状況を考えればツァナデフォルの可能性は高いですが」
「もう一つ聞きたい。逃がした方が大きな”利”とはなんだい」
「それは簡単な話です。反乱に加わった兵士が揃いも揃ってフィレマスに心酔しているとは思えません。むしろ、大半の兵は反乱だと知らずに帝都までやってくるのでは?」
「適当な理由で帝都まで連れてきて、突然帝都制圧を命じる。うん。それはあり得る話だ。そうでなければ事前に情報が父上に伝わってしまうだろうからね」
「ええ。ならば、勝ち目がないと分かれば早々に降伏する兵士で溢れると思いませんか?」
「なるほど、フィレマスに逃げ道なく追い詰めれば、無駄に自国の兵同士の血が流れる。それならば早々に逃がして、被害を最小限にしようというわけか」
「その通りです」
当たり前のように言うが、戦場を知らぬ娘の発想ではない。
「ルルリアは戦場に出たことがあるのか?」
「いいえ。馬にも乗れませんもの」
それはそうか。
「けれど、フェザリスにはドランという軍師がおりました。その方から色々とお話を伺っていましたので」
「そのドラン、という軍師はよほど優秀なのだろうね」
「ええ。今はまだ無名ですが、いずれ大陸にその名を轟かせるような方ですよ」
「……そうか」
しかし、戦地にも赴かず、話を聞いただけで父上が納得するような提案をするルルリアの方が、いずれこの大陸でその名を轟かせるような気がするが……。
ツェツェドラがそんなことをぼんやりと考えている間、ルルリアはニコニコとツェツェドラを見つめているのだった。




