【やり直し軍師SS-84】第二皇子の乱⑧
「陛下、ルルリア=フェザリス=バードゥーサにございます。お目に掛かれ光栄です」
「おう」
ルルリアと父上の対面は謁見の間ではなく、皇帝の私室で行われた。
ツェツェドラとビッテガルド兄上、ロカビル兄上。そして皇帝の三人の妃だけが見守る中での対面である。
実は、ツェツェドラ達が到着してすぐにひと悶着あった。フィレマスに対しては当然のことだが、直ちに討伐に動かなかったツェツェドラに対しても父上が不快感を示したのだ。
父上は当初、ツェツェドラがフィレマスと一戦交わしてから泣きつくものと考えていたようだ。
早期の援軍依頼は客観的にみれば冷静な判断とは言え、一度も動かず援軍を求めたことを不甲斐なしと判じた。
そこで謁見の場にて衆目のもと、ツェツェドラたちに二心無きことを誓わせた上で、フィレマスを討たねば処罰もあると宣言させると言い出し始める。
苛立ちに任せたやや強引なやりよう。それに待ったをかけたのがサリーシャ様。その様なやり方は後々禍根を残しかねないと、父上をしかりつけて落ち着かせ、ひとまずは家族のみで話し合う方向に変更されたのである。
父上は顎に手をやり屈みながら、ルルリアに不躾な視線を向ける。対するルルリアは挨拶の儀礼の姿勢のまま、視線を床に落としている。
「……そうか、お前に俺は負けたのか」
父上が呟いた。父上が”負け”という言葉を使うのは非常に珍しいことだ。驚いたのはツェツェドラだけではない。皆が息を呑むのが分かった。
「……私が陛下に勝てるような事は見当たりません」
ルルリアは床に視線をとしたまま、静かに答える。
「簡潔に答えろ。ダスをどうやって口説いた?」
ルルリアはしばし沈黙。父上は言葉を重ねる。
「遠慮はいらねえ。答えろ」
そこで初めて、ルルリアは顔を上げた。
「では、お伺いいたします。陛下はダスをどのようにお誘いになられましたか?」
「……俺の質問に、質問で返すか?」
「はい。まずはそうしなければ、お話が進みません」
「良かろう。俺が提示したのはこの国の外交の頂点だ。金も、権力も全てあの男に任せると言った」
ツェツェドラも話には聞いたことがある。”大商人ダス”を得るために、父上はこれ以上ない提案をした。
日の出の勢いの帝国にあり、その立場はダスが商人として成功した以上の利益を得ることができるだろう。
しかし皇帝の言葉を聞いたルルリアは、ゆるゆると首を振る。
「陛下のご提案、それは南の大陸でも多くの王がダスに提示したのと同じでございます」
「……つまり、フェザリスは俺よりも金を積んだのか?」
「いいえ。祖国の提示した条件は、おそらく下から数えたほうが早いでしょう」
「では、何故だ」
わずかな苛立ちを含んだ、父上の言葉。普通の者なら、すくみ上がるような声音。しかしルルリアは平然としたまま。むしろ少し首を傾げる余裕を見せた。
「陛下も、各国の王も、ダスが”大商人”であることはご存じでおられたのですよね?」
「無論だ」
「ではなぜ、利益だけをお話しになられたのでしょうか? もうお金は持っているダスに、変化を求めなくとも、多大な利益を生み出す方法を知っているダスに、更なる利益を齎すと言うのは、果たして魅力的なお話なのですか?」
これには父上も虚を突かれたようだ。無言でルルリアを見つめている。言葉足らずと感じたのか、ルルリアは続けた。
「私がダスに提案したのは”未来”です」
「未来だと?」
「私はダスにこのように伝えました。各国の王を掌で転がしてみませんか?それはとても楽しいですよ、と」
父上はまだ無言。ただ、ルルリアをずっと見つめる。
「それは、今回お前がやったようなことか?」
父上にはすでに、ルルリアが提案してきた諸々も伝えてある。今回の援軍依頼に一枚噛んでいることも。
実父とはいえ、時としてツェツェドラさえ恐ろしく感じる視線。圧だけで人を殺しかねないものを、ルルリアに向けた。
しかしそれでも、ルルリアは動じない。初対面で父上に対してここまで自然体な人間は、少なくともツェツェドラの記憶にはない。
「転がせるかどうかは、陛下のお力添え次第です」
笑顔さえ見せながらそのように答えるルルリアに、
「なるほどな。ダスが言っていた意味が分かったわ。ルルリア、我がデラッサの家に歓迎する。今日からお前も家族だ」
「……ありがたく存じます」
こうして、ルルリアと父上の初対面は終わった。
密かに息を吐いたツェツェドラに、隣にいたサリーシャが「なかなか素敵な娘さんね」と、楽しげに耳打ちするのだった。
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「それで、どうすんだ?」
乱暴に聞いてくる父上。フィレマスのことだ。
「父上はどのように思われるのですか?」
ツェツェドラの言葉に、鼻を軽く鳴らす。
「フィレマスにも俺が帰還する旨は伝えてある。もしもあいつが俺のいる間に帝都に来て、全てを明かすなら、命まではとらんつもりだ」
父上にしてはかなり寛大な措置のように思う。サリーシャ様の言葉で、少し落ち着かれたのかもしれない。
しかし、続いて出た父の言葉は、皇帝らしい一言。
「来なければ、皆殺しだ」
それはもはや、決定事項。口を挟む余地はない。避けられぬ運命だ。
その場にいる皆が深刻に受け止める中で、場違いな声を上げたのは、やはり、ルルリア。
「あの、私、帝都に来るまでの道のりで考えたことがあるのですが、聞いていただけますか?」
と、可愛らしい仕草で手を挙げるのだった。




