【やり直し軍師SS-83】第二皇子の乱⑦
皇帝ドラクが帝都へ一時帰還するという情報は、フィレマスにも届いた。皇帝自らの手紙によってだ。
「数日ではあるが、帝都に滞在する。何か報告事項があればこの間に帝都に来い」
手紙にはそのように記されていた。必然、フィレマスは判断に迫られる。
既に兵を動かす準備は整っている。ならば皇帝が帝都滞在中に雪崩れ込み、皇帝の首を獲るか。
それとも、まずは確実な帝都奪取を優先し、皇帝が離れたところを突くか。
窓を閉め切った薄暗い部屋で、フィレマスは独り、思考を巡らせる。
前者の場合は、成功すれば最も手っ取り早く効果的であるが、皇帝直参の部隊を相手に戦わなくてはならず、時間が経てば援軍が集まってくる恐れもある。
……援軍?
ここでフィレマスは初めて、ツェツェドラのことが頭をよぎった。
皇帝が援軍を呼ぶとすれば、当然、ツェツェドラにも声がかかる。フィレマスの領地よりも南を統治しているツェツェドラがやってくれば、挟み撃ちになる可能性もある。
ツェツェドラ本人にはさしたる脅威は感じていない。大人しく真面目なことだけが取り柄のような弟だ。兄弟としての情愛はあるが、後継者争いでは視界に入れたこともない存在。
しかしツェツェドラの周囲には、皇帝がつけた優秀な配下が何人かいる。特に大剣のガフォルと、作戦立案もできる政務官のブリジットは厄介だ。
そこまで考えたとことで、フィレマスははたと気付いた。
いっそツェツェドラを利用できないものか、と。
ツェツェドラを王都へ呼び寄せておき、帝都制圧の後に選択させる。自分に付くか、皇帝に忠誠を示して、散るかを。
フィレマスに付くならそれで良い。母を同じとする弟だ。厚遇しよう。ガフォルやブリジットを始め、ツェツェドラの部隊を取り込めるのも良い。
そして仮に、フィレマスが実弟を手にかけることになったとしても、少なくとも南からの脅威は減る。
また、考えるべきではないが、万が一帝都奪取に失敗した場合。
ツェツェドラを上手く共謀者に仕立て上げれば、皇帝は息子二人をまとめて断罪するだろうか? 何かしらの恩赦を引き出せる可能性もあるかもしれん。
すでにフィレマスはサクリにも逃亡時の保証を求め、了承されている。それでも様々な選択肢を残しておくあたり、決して無能ではない。
よし、方針は決まった。
フィレマスは窓を開けると、無意識のうちに南の方角に視線を走らせた。
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ルルリア、ガフォル、ブリジットを集めたツェツェドラは、政務机に置かれた手紙を睨んでいた。
そしてふと、ここのところ手紙を睨んでばかりだな、と、苦笑する。
「どうされましたか?」
真剣なガフォルの言葉に、咳払いして表情を改める。笑っている場合ではない。目の前にあるのはフィレマス兄上からツェツェドラにあてられた手紙だ。
『自分の身の振り方について、折り入って相談がある。場合によっては父上に継承権の放棄を申し出ることになるかもしれない。そのため、できれば母上と共に帝都で相談に乗ってほしい。兄弟の中で唯一心を許せるツェツェドラにしか頼めない』
心を決めるまでは父上には内密にしたい。そのため父上が帝都を離れてから、実母レツウィーと共に、母子3人だけで話がしたいと。
「……罠ですね」
「……罠ですな」
「……罠です」
ツェツェドラが頼みとしている3人が、揃ってそのように断じた。ツェツェドラとしては兄が本当に継承権を諦める、僅かな可能性に賭けたい気持ちがないわけではない。
だが流石にこれは、あまりにも……
「ツェツェドラ様。ここに至り、温情などは……」
ガフォルの言葉の通りだ。もはや兄上の反乱は揺るぎない。ツェツェドラは自分と、部下と、そして実母を守るためにも、フィレマスを討たねばならない。
覚悟を決める時が来た。ツェツェドラとて皇帝、ドラクの息子。この程度で動じている場合ではないのだ。
ツェツェドラは自分の逃げ場を自ら封じるように、あえて言葉にして決意を表す。
「……皇帝陛下に協力を仰ぎ、フィレマスを討つ」
「よくぞおっしゃいました」
ガフォルが大きく頷くと、出陣準備をするため部屋を後にしてゆく。
すでにこの後の段取りは定めてある。ツェツェドラ達は先行して帝都入りし、父と討伐のすり合わせを行う。
ツェツェドラの軍はガフォルに任せ、後から参じてもらうのだ。
出発準備を終え、フィレマスには了解の返事を認めると、ツェツェドラは馬上の人となる。共に行くルルリアは馬車だ。
ここで慌ててはいけない。どこにフィレマスの監視の目があるか分からない。表向きはフィレマスの呼び出しに対して、疑いなく帝都へ向かう形をとらなければならない。
はやる気持ちを抑えて、一行は馬車の速度に歩調を合わせて進む。
そんなツェツェドラに、馬車の窓から顔を出したルルリアが声をかけてきた。
「私も早く馬に乗れるようになりたいものです」と、不満げに。
「無理して乗らずとも良いのではないかな?」ツェツェドラからすれば、姫である以上馬車で何の問題もないように思うのだが、この活発な人は違うようだ。
「馬に乗ることができれば、ツェツェドラ様と二人で遠乗りにも行けますよ」
そんな返答に、ツェツェドラは微笑む。そして不意に、考えていたことが口から溢れた。
「それにしても、ルルリアと父上の対面がこのような状況になるとはな……」
あの気難しい父上は、ルルリアをどのように評価するだろうか? 一抹の不安が心をよぎる。
しかし、
「陛下とお会いできるのも、とても楽しみです!」
屈託なく言い放つルルリアを見て、ツェツェドラは無駄な心配をすることをやめた。




