【やり直し軍師SS-82】第二皇子の乱⑥
鏡に映った己の姿を見て、くっきりと浮かび上がった眼下のくまに気づいた。少し指でなぞり、独り首を振る。
寝付けぬ日々も増えた。だが、仕方がない。俺は皇帝を、父を討ち、この国の新たな統治者になるのだ。その重圧たるや、ルデク侵攻の比ではない。
そこまで考え、苦笑した。元はと言えば、皇帝からの重圧から逃れるために兵を起こす事を決めたと言うのに、更なる重圧を乗り越えばならぬとは、皮肉としか言いようがない。
しかし、ここで止まることはない。フィレマスの覚悟はとうに定まっている。
度重なるルデク侵攻の失態。何度攻め込んでも、ルデクの領土を小指ほども手にすることができていない。
対して兄、ビッデガルドは相応の結果を出し、北の狼、ツァナデフォルに手を付け始めている。さすがにツァナデフォル攻略は簡単ではないが、十二分な戦いぶりを見せていた。
ビッデガルドとフィレマスは母が違う。そして二人は、たった半年しか年が違わなかった。
もう少し年が離れていたのなら、気の持ちようは異なったのかもしれない。
だがどのような運命の悪戯か、2人の妃は近しい時期に子に恵まれた。
父、ドラクは実力主義であり。結果を出せば皇帝の座はビッテガルド、フィレマスのどちらでも構わないと言った。
にも関わらず、次期皇帝の座は、ビッデガルドに大きく水を開けられている。
フィレマスは自分がビッデガルドに劣っているとは思わない。しかし結果は残酷だ。フィレマスはレイズ=シュタインになす術なく打ち負かされ、皇帝の冷ややかな視線を浴びることになっている。
そんな中で齎された、サクリの誘い。
使者として訪れた男は無愛想であったが、その口から吐き出された言葉の響きは、フィレマスの耳に甘美なものとして届いた。
既に帝都に味方を作り、すぐにでも城門を開く準備があるという。
そして使者は、ビッデガルドが皇位を継承すれば、フィレマスの命は危ないのではないかとも説いた。年が近く、グリードル南部の指揮官を任された弟。皇帝になるときに邪魔になる存在だ、と。
その考えはわからなくもない。自分が逆の立場であったとき、ビッデガルドを危険視しないと自信を持って言えるだろうか?
無理かもしれない。いや、無理だ。フィレマスなら自分から遠ざける。
つまりそれは、未来の俺の姿ではないのか? ならば確かに、消される可能性も充分にありうる。
このまま生涯、負け犬として生きるつもりか。サクリの使者は遠回しにそのように言い残し、また来ると言って去っていった。
そして、サクリの使者が再訪した時、
フィレマスは自らが力で皇帝となることを、決断した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……父上が帝都に戻るのを待つというのは、どういうことだ?」
ルルリアの意外な提案に、ツェツェドラは首を傾げる。
「言葉の通りの意味ですよ」
ルルリアもツェツェドラに対して小さく首を傾げた。
「しかし、それでは結局間に合わないではないか」
ガフォルもルルリアに何を言っているのだと意を唱えたが、ルルリアはキョトンとしている。
「間に合わないとは、どういうことでしょうか?」
「言葉の通りの意味であろう。陛下から討伐令が出たのに何もしないのでは、処罰されるのは必定」
「叱責はされるかも知れませんが、きちんと説明した上であれば、処罰されるでしょうか? この手紙、よくご覧になってください。陛下はツェツェドラ様の手で決着をつけよ、近々一度帝都に帰ると書かれているだけで、「自分が戻るまでに決着をつけよ」とは一言も書いておりません」
「それは暗に察せよということではないのですか?」
ブリジットの言葉に、ルルリアは首を逆側に傾げる。
「私は陛下のことをツェツェドラ様や、祖国の大臣から伺っているだけですが、それでも、手紙の書きように違和感があります。陛下は、ブリジットさんの仰るような迂遠な言い回しをされる方なのですか? どちらかといえば明確にご命じになられるものかと思いましたが……」
ツェツェドラ達は言葉に詰まる。ルルリアの言っていることは、間違っていないように感じたから。
誰からも異論が出ないのを確認したルルリアは続ける。
「陛下が私の想像通りのお方であるのなら、このお手紙の「ツェツェドラ様が決着をつけること」「帝都に帰ること」は別々のお話かと思います。なら、陛下がお帰りになられてから、協力を仰げば良いのではないですか?」
「しかし、それではツェツェドラ様が決着をつけることにはならないのではないか?」
なおもガフォルが食い下がるも、ルルリアの言葉はあっさりしたものだ。
「どれだけ陛下の部隊が御出陣されようとも、ガフォル将軍がフィレマス様を捕らえれば、それでツェツェドラ様の功績ということになりましょう」と。
これにはガフォルも、ぐうの音も出すことができなった。




