【やり直し軍師SS-81】第二皇子の乱⑤
フィレマス兄上の動きを探り始めて、1月ほどが経過した。
「……調べれば調べるほど……」
そこまで言ってガフォルが口をつぐむ。ツェツェドラの前で続きを言うのは憚られたのだろう。
「続けてくれて構わない。ある程度の覚悟はできている」
このまま自分に配慮しながら話を進めるのは効率が悪い。それに……
「兄上は本当に、反乱の準備を進めているのだな……」
自ら口にしてみて、心に重い物がのしかかる。しかし、もはやそうとしか思えぬ動きを見せ始めていた。
今はルルリアの一件によって、ルデクとは微妙な小康状態。しかしながら、ルデク侵攻の責任者であるフィレマス兄上は本来、ルデクとの戦いに向けて色々と準備を進めなければならない立場だ。
だがここ最近は自領に籠り、本来の側近たる者たちを遠ざけて、周辺の人間を入れ替えることに注力していた。
表向きはルデク侵攻が上手くいっていないため、新たな方策を探ると嘯いているようだが、兵士の大半も自領に留めたまま。ルデクには最低限の対応しか見せていない。
また、入れ替えた側近を詳しく見てゆくと、総じてグリードルに対して忠誠心の高い人材ほど排除されていることが分かる。
代わりに入ってきたものは、ガフォルの言い方を借りれば「信用できない類」の者達ばかりらしい。
そして最初にあたりをつけたラポカ灯台だが、ここも人の出入りが活発になり、同時に周辺の警戒度合いも跳ね上がってきている。
手厚い警備を掻い潜って、訪れる人物を探ってみれば、訪れた者の一人が、共謀者と目される大臣、バソルの部下であることが確認できていた。
残念ながら、もう灯台周辺を探るのはかなり難しくなっており、ガフォルの判断で諜報活動は終了させている。
本当に早い段階で灯台に目をつけることができてよかった。ルルリアの慧眼と、ロアの情報がなければ何が起きているのか探るのはもっと難しかったかもしれない。
他にも反乱を示す兆候は次々と報告が上がってきている。この段階に至り、兄上がよからぬことを企んでいるのは間違いないと見て良い。
「それで、父上はなんと?」
ルルリアの勧めもあり、ある程度の嫌疑が固まった段階で父ドラクに懸念を伝えた。前線にいる父上から返事が届き、ルルリアやガフォル、ブリジットを集めたのだ。
「こちらを」
ブリジットから手渡された手紙を開く。
そこには「宣言通り、お前が解決してみせよ。失敗は許さん」と記されている。実に父上らしい返事だな、とツェツェドラは思う。
「ルルリアの予想通りの返事であった」
そのように言いながら手紙をルルリアに手渡す。灯台を調べよう、そのように決まったあの日、ルルリアはもう一つの提案をしていた。
「もしも、フィレマス様が本当に良からぬことをお考えであるのなら、ツェツェドラ様が討たなければまずいことになりませんか?」と。
言われてみればその通りだ。フィレマス兄上とツェツェドラの母は同じ。故にこそ、ルデク攻略にこの2人が指名された経緯がある。
もしも兄上が反乱を起こしたら、ツェツェドラにも共謀の嫌疑がかかる可能性は低くない。そうならぬために先手を打てと、ルルリアは言ってきたのだ。
グリードルにきて日も浅い娘がそれを指摘したことに、ツェツェドラはもちろん、ガフォルやブリジットも驚きを隠せなかった。
ルルリアの言葉を受け、父上への報告には「もしも実兄が我が国に弓を引くならば、自分の手で討つ覚悟」と添えて送ったのだ。
そしてこの返事はつまり、父上によって討伐許可が降りたと言うこと。
「兵を起こしますかな?」
ガフォルが不敵に笑う。戦場を好む猛将だ。こう言う時は頼りになる。始めるならば、向こうの準備が整っていない時が良い。そう言う意味ではすぐでも良い気はする。
「いや、しかし、兵力差を考えると、慎重に事を動かすべきでしょう」ブリジットが異を唱える。
南の軍部を任されているフィレマスと、あくまで地方領主であるツェツェドラでは、動かせる兵力が違う。失敗は許されぬ以上、ブリジットの気持ちもわかる。
「だが、のんびりしておると、陛下がお戻りになられるぞ」
ガフォルが言うように、父上の手紙には、近々一度帝都に帰還する旨も記されていた。つまり、それまでに決着をつけよという意味であると理解している。
ところがだ、悩む三人に対して、
「あの、よろしいですか」
のほほんとルルリアが手をあげる。
ガフォルもブリジットも、既にルルリアを侮る気持ちは全く持っていない。真剣にルルリアの言葉に耳を傾けようとする。
ルルリアは父上の手紙を読み返しながら、
「むしろ、陛下がお戻りになるまで待ちませんか?」と言い放った。




